- 女
- (蒼とした木々におおわれた庭の奥に、骨董品めいたその館は建っていた。)
- 男
- 失礼しまーす。
- 女
- (とツジオ先輩は預かっていた鍵を差し込み、重くて大きな玄関ドアを開けた。)
- 男
- じゃあタカハタさん、あと頼めるかな。
- 女
- (私はペットシッターの見習い中。このお宅に来るのは初めてだ。なのになんだこの無茶振りは。)
- 男
- 無茶を言ってるのは承知なんだけど。
- 女
- (しまった、感情を露わにしすぎてしまった。)
- 男
- さっき、タカハタさん「霊感とか全然ない」って言ってたよね。
- 女
- (言いましたけど)
- 男
- だから、頼む。
- 女
- (その【だから】ってどういう意味?)
- 男
- ここん家、玄関の前に盛り塩がしてあるでしょ。
- 女
- (盛り塩は、お清めとか厄除けみたいなもんで珍しくはないでしょ。)
- 男
- それに、よーく見て廊下の突き当たりの飾棚。
- 女
- (暗い廊下の先、目をこらすとドッヂボールくらいあろうかという水晶らしきものがドドーンと鎮座している。え、なにこの家の主は占い師か?)
- 男
- ここの奥さまが言うには、人通りの多い道があるように、【そういうの】の通り道になってるそうだ。
- 女
- (そういうのって・・・)
- 男
- デルんだよ。
- 女
- (げ。私、霊感は無いけど、死ぬほど怖がりなんだ。怖い映画なんか見ちゃった日にゃ、トイレのドアは閉められないし、電気も消さないで寝るくらいなんだから。)
- 男
- ご要望は、ネコのエサやり。別に難しくもなんともないでしょ。ホントは新人の子に渡しちゃだめなんだけど、タカハタさんしっかりしてるし。これ、
- 女
- (と先輩は、家の見取り図やら要望書の入ったファイルを私に差し出した。)
- 男
- 俺さ、ダメなんだよ。ほんっとアレルギー体質みたいな感じで、ちょー敏感なの。
- 女
- (霊アレルギー?聞いたことないよ、そんなの)
- 男
- ここに居るだけで、頭痛いし、ゾクゾクしてきたし。
- 女
- (それは先輩が二日酔いだからです。)
- 男
- 取りあえず、お願いできる?
- 女
- (動物は正直だ。だからこの仕事に就いた。人間は苦手だ。嘘はつくし、一旦どうでもいい奴とみなせば、ひどい仕打ちを平気でする。)
- 男
- タカハタさん、俺の話、聞いてる?
- 女
- (引き受けたっていい。霊なんて見えたことないんだから。怖いけれど、きっとどうってことない。でも・・・私がもっと美人だったら、先輩も一緒に付いてきてくれただろう。そんなことを思うのは、私が卑屈だからだろうか)
- 男
- ねえ。
- 女
- (昔、ツジオ先輩に似た、人なつこい笑顔のクラスの子が居た。スポーツ万能で面白い彼は人気者。テスト前、ノートを貸してと頼まれ、私は舞い上がった。頼りにされて嬉しかった。けれど私のノートはテストが終わるまで返ってはこなかった。)
- 男
- どうなの。できんの、できないの?
- 女
- 行きます。
- 男
- よかったあ。助かるよ。そんじゃあ俺は、車で待ってっから。
- 女
- (せめてこの玄関先で待ってて、ってなんで言えないんだろ。・・・私は私のことが苦手だ。いつもこうして我慢して、引き受けて、いい顔して、どんどん抜き差しならないことになっていく)
- 男
- じゃあ、頼むな。
- 女
- あ、あの、
- 男
- なに?
- 女
- (がんばれ私、がんばれ私。)・・・携帯。
- 男
- 携帯?
- 女
- 何かあったら、電話するので、そん時は、
- 男
- うん、駆けつける。
- 女
- はい。
- 終わってまた始まる