(蒼とした木々におおわれた庭の奥に、骨董品めいたその館は建っていた。)
失礼しまーす。
(とツジオ先輩は預かっていた鍵を差し込み、重くて大きな玄関ドアを開けた。)
じゃあタカハタさん、あと頼めるかな。
(私はペットシッターの見習い中。このお宅に来るのは初めてだ。なのになんだこの無茶振りは。)
無茶を言ってるのは承知なんだけど。
(しまった、感情を露わにしすぎてしまった。)
さっき、タカハタさん「霊感とか全然ない」って言ってたよね。
(言いましたけど)
だから、頼む。
(その【だから】ってどういう意味?)
ここん家、玄関の前に盛り塩がしてあるでしょ。
(盛り塩は、お清めとか厄除けみたいなもんで珍しくはないでしょ。)
それに、よーく見て廊下の突き当たりの飾棚。
(暗い廊下の先、目をこらすとドッヂボールくらいあろうかという水晶らしきものがドドーンと鎮座している。え、なにこの家の主は占い師か?)
ここの奥さまが言うには、人通りの多い道があるように、【そういうの】の通り道になってるそうだ。
(そういうのって・・・)
デルんだよ。
(げ。私、霊感は無いけど、死ぬほど怖がりなんだ。怖い映画なんか見ちゃった日にゃ、トイレのドアは閉められないし、電気も消さないで寝るくらいなんだから。)
ご要望は、ネコのエサやり。別に難しくもなんともないでしょ。ホントは新人の子に渡しちゃだめなんだけど、タカハタさんしっかりしてるし。これ、
(と先輩は、家の見取り図やら要望書の入ったファイルを私に差し出した。)
俺さ、ダメなんだよ。ほんっとアレルギー体質みたいな感じで、ちょー敏感なの。
(霊アレルギー?聞いたことないよ、そんなの)
ここに居るだけで、頭痛いし、ゾクゾクしてきたし。
(それは先輩が二日酔いだからです。)
取りあえず、お願いできる?
(動物は正直だ。だからこの仕事に就いた。人間は苦手だ。嘘はつくし、一旦どうでもいい奴とみなせば、ひどい仕打ちを平気でする。)
タカハタさん、俺の話、聞いてる?
(引き受けたっていい。霊なんて見えたことないんだから。怖いけれど、きっとどうってことない。でも・・・私がもっと美人だったら、先輩も一緒に付いてきてくれただろう。そんなことを思うのは、私が卑屈だからだろうか)
ねえ。
(昔、ツジオ先輩に似た、人なつこい笑顔のクラスの子が居た。スポーツ万能で面白い彼は人気者。テスト前、ノートを貸してと頼まれ、私は舞い上がった。頼りにされて嬉しかった。けれど私のノートはテストが終わるまで返ってはこなかった。)
どうなの。できんの、できないの?
行きます。
よかったあ。助かるよ。そんじゃあ俺は、車で待ってっから。
(せめてこの玄関先で待ってて、ってなんで言えないんだろ。・・・私は私のことが苦手だ。いつもこうして我慢して、引き受けて、いい顔して、どんどん抜き差しならないことになっていく)
じゃあ、頼むな。
あ、あの、
なに?
(がんばれ私、がんばれ私。)・・・携帯。
携帯?
何かあったら、電話するので、そん時は、
うん、駆けつける。
はい。
終わってまた始まる