- 男
- はぁ…癒されたい…
- 交差点、人ごみの中、男は思わず本音をぽろりとこぼす。
カランカラン
そのBARの扉を開けると、ガンガンのロック。
その音楽の間から聞こえる。
- ママ
- い ら し ぁあ い。
- 音楽のヴォリュームが下げられる。
- ママ
- ごめんね、うるさかった?ビール?
- 男
- あ、はぁ、いえ、あ、はい。
- ママ
- お宅はじめて来るね、仕事帰り?
- 男
- あ、はぁ、ま、癒されるBARがあるって、
- ママ
- 誰から聞いたの?
- 男
- はぁ、誰って、いうか、噂って、いうか、
- ママ
- だからお宅ダメなんじゃない?
- 男
- …は、え!?
- ママ
- どうなりたいわけ?ボケっとしてないで答えなさいよ。
- 男
- ど、どうって、
- ママ
- お宅は何をされたら癒しを感じるの?お酒?お喋り?スキンシップ?アロマ?何?
- 男
- な、なんだろな、
- ママ
- 癒され方も自分で分析できてないのになんでここ来たの?
- 男
- だって、癒されBARがあるって、
- ママ
- 言葉に乗っかってのこのこ来たの?
- 男
- え、
- ママ
- 分かった分かった。お宅今までずっとこんな調子だ?ね?違う?
- 男
- こ、こんなってどんな?
- ママ
- 考えなさいよ自分で。ああ、そうか。考えてないんだ。だからボーっとした顔になってんのよ。でもそのボケっとしてるのも楽で苦でもないんでしょ?考えてるとはっきりしたこと言っちゃうからね。なぁんか重要な人生ポイントでもボケっとしたふりしてさほど考えない楽な道無意識に選んでやってきちゃったんでしょ今まで。
- 男
- あ、や、ちょっとねぇ!
- ママ
- 当たってない?僕はダメだなぁとか言ってみるけどそれは割といい逃げ言葉だって自分で分かって使うタイプじゃないの?
- 男
- いい加減にしてくださいよ!
- ママ
- 当たってないの?
- 男
- 当たってますよ!
- ママ
- やっぱり。
- 男
- だ、だからって別に卑怯なわけじゃないんだから!
- ママ
- なに言ってんの?
- 男
- に、逃げるって言ったから!
- ママ
- ああ、似たようなこと言われたりしたんだ?
- 男
- な、
- ママ
- それではぁはぁ言ってたんだ。これミヨガシに。癒されたくて?
- 男
- 俺のことナンにも知らないでしょう?
- ママ
- 当たってない?
- 男
- 当たってる。
- ママ
- ちょっと喋れば分かるわよそんなこと。逃げ腰オーラが出てるんだから。
- 男
- お、客に、いきなりのこの態度、ないでしょう!
- ママ
- だから何?ここあたしの店なんだから!
- 男
- サービス業はお客ありきでしょうが!
- ママ
- 一般常識がどうしたよ?あたしはね、思ったら口に出さなきゃ気がすまないのよ!
- 男
- い、癒され、癒しBARでしょうここ!
- ママ
- そんな看板どこに書いてあんのよ!?
- 男
- はいぃぃ!?
- ママ
- ここのお客が勝手に言ってることでしょうが!あたしは誰も癒したいなんて思ってないわよ!酒飲んで酔っ払いと朝までバカ騒ぎしたいだけよ!あたしがしたいことはそれなんだから!
- 男
- なんなんだよ、この店は!?
- ママ
- 嫌なら帰えりゃいいじゃない!
- 男
- バカにしてんのか、帰るよ!
- ママ
- 帰れ!
- 男
- こんな店二度と来るか!!
- ママ
- 呼んでないよ!
- 男
- お勘定!
- ママ
- まだナンも出してないだろう!さっさと帰れ!
- カランカラン、とBARの扉を出る男。
交差点、人ごみの中。
- 男
- なん、なん、なんだ、ナンなんだよあれ、
- 怒りで息が上がっている男。
- 男
- なんか、なんか、なんか、
- 男は息を整えると、
- 男
- すっきりしたな…
- 癒しBARのママはいつだって好きに生きている。
- おしまい