- 病室。
- お爺さん
- 花。持ってきた。
- お婆さん
- ありがとさんありがとさん。どこで買ったん。
- お爺さん
- 急に花、言うから。高橋んとこなくなってもうとるから。
- お婆さん
- あれ、やめたん。
- お爺さん
- 死んだ。
- お婆さん
- 癌か?
- お爺さん
- 癌や。あとこれ、お前のために。
- お婆さん
- あれは覚えてます?
- お爺さん
- 持って行った。
- お婆さん
- ちゃんとタッパに入れたん?
- お爺さん
- ん。それよりお前。
- お婆さん
- えらいかわいらしお花。
- お爺さん
- それ使て電話したええねん。
- お婆さん
- なんや昔とえらい違うな。ええと。
- お爺さん
- ちゃうちゃうそのボタンや。ええと。これや。
- お婆さん
- え?
- お爺さん
- 押したら話せるようなる。
- お婆さん
- これ、を押して。
- お爺さん
- そや。今話せる。
- お婆さん
- え?
- お爺さん
- もうつながってる。
- お婆さん
- え?
- ケータイのツーツーツーという音が鳴る。
女の部屋。
- 男
- これ何?
- 女
- 何って?ああ。
- 女
- 何であんの?
- 男
- 僕の荷物じゃないし。あのパッキン。
- 女
- クローゼットの奥に入ってたやつか。何でも放り込むから。
- 男
- 持ってくの?新大阪。新居。
- 女
- 夜中、掃除してたらつい見ちゃう。
- 男
- あ、ダイヤルボタンとれてる。
- 女
- ユウスケ。
- 男
- これ、直したら。無理か。
- ケータイのトゥルルルという発信音が鳴る。
公園。
- 少女
- 大きくなったら私と結婚しますか。
- 少年
- うん。
- 少女
- ほんとだよ。あとでうそってなし。ほんとにだよ。
- 少年
- ほんとにほんとに……
- 少年・少女
- ほんとにほんとにほんとに……
- ケータイのピッという音が鳴る。
- 女
- 遺品だな。ばあちゃんの。
- 男
- 大事だ。
- 女
- 持ってく。
- 男
- それがいい。
- 女
- 電話しよ。
- 男
- それで?そっちかよ!
- 女
- もしもし。
- 男
- 俺かよ!
- お婆さん
- もしもし。たかしお爺さん。聞こえとる?もしもし。
- お爺さん
- ……聞こえとる。……切るで。
- 女
- あたしと結婚して後悔していませんか。
- 男
- 何それ。
- 女
- あたしと結婚して後悔していませんか。
- お爺さん
- ……しとる。
- 女
- あ!?
- 男
- 荷物全然かたづかない。
- お婆さん
- そうですのん。何でまた。
- お爺さん
- ……それよりお前、庭に花咲いたわ。ボケの花。また持ってくるから。
- お婆さん
- ええですわ。もうちょっとしたら見れるよってに。
- 女
- あたしのばあちゃん死ぬ前に電話してたんよ。
- 男
- え?
- 女
- 間違えて留守電なってて。一方的にしゃべってんの。
- 男
- おじいちゃん死んだあと?
- 女
- 本人わかってないみたいだけど。
- 男
- ふうん。
- 女
- 夫婦だ。
- 男
- うん。
- 女
- ……そういう感じになる感じで、どう?
- 男
- え、まあ。
- 女
- 返事にぶ。
- 男
- はあ。
- 女
- 花買って来てよ。そうなったら。もし。高橋くんとこで。
- 男
- 高橋んとこ?ああ、関西か。別にいいけど。
- 女
- 別に。
- 男
- あ、花買わなくちゃ。早く片付けて。墓参り。
- 女
- うむ。
- ケータイのツーツーツーという音。
病室。
- お婆さん
- あれ、覚えてます?
- お爺さん
- タッパ入れた。
- お婆さん
- ちゃうよ。こっちに来たとき、高橋んとこでお花買って。
- お爺さん
- 高橋んとこはつぶれたで。
- お婆さん
- ちゃうんよ。お花。お花さん。渡すゆう。
- お爺さん
- 何や。分からん。
- お婆さん
- この電話、あたしらの頃のケータイと随分かわってもうたんやね。ええと。
- ケータイのトゥルルルという音が鳴る。
- 少女
- ユウスケお爺さん、あたしと結婚して後悔していませんか。