- 女
- 耳の奥で、くるる、くるると音がする。
- 男
- くるるぅ、くるるぅ、くるるぅ。(くぐもった鈴のように)
- 女
- プールの後のように、とんとんゆすってみる。
すると真珠のようなま白な珠が落ちてきた。
- 男
- こんころりん。(真珠が床で跳ねるような)
- 女
- 嗅いで見ると、猫の背中のような、日なたの匂い。
- 男
- にゃはっはっはっは。(勝ち誇ったように)
- 女
- こんな所に居たのね。
- 男
- にょほほ。
- 女
- 急に居なくなっちゃうから、随分と心配したのよ。
- 男
- しゅるしゅるしゅるしゅる・・・。(煙と化していき)
- 女
- あ、ねえ待って。
- 男
- しゅぅぅー。
- 女
- 白い珠は、煙となり、一瞬、男のすまなそうな顔のように見え、そして消えた。
- 男
- おーい。
- 女
- 気がつくと、毎年過ごした海辺のバンガローに居た。
- 男
- クジラが出たぞー、クジラだよ、クジラだってば、おーい。
- 女
- 時々、男は途方もない嘘をついた。低血圧の私を起こすために。
- 男
- 嘘なんかじゃない。あともう少し早く起きてくれば、奴らを見られたのに。
- 女
- 奴ら?
- 男
- 親子、恋人かな。ともかくスケールがでかいもん同士のスキンシップ、すごいぜ痺れた。
- 女
- 私も見たかったな。
- 男
- よーし、待ってな。呼んで来てやるよ。
- 女
- 呼んでくるって、そんな、
- 男
- 奴らとは友達だから。
- 女
- 男はラッコのように楽しげに微笑み波間へ消えた。
- 男
- おーい。
- 女
- どこ?
- 男
- ここ。
- 女
- ねえ、どこ?どこに居るの?
- 男
- ここ、ここ、ココ、コケコッコー。(朝を知らせる)
- 女
- 目が覚めると、ダクダクと泣いていた。
- 男
- だくだくだく、だくだくだく。(ワルツのような三拍子で)
- 女
- 枕についた涙のシミが、いきなりワルツをおどりはじめた。
- 男
- ラッタッター、ラッタッター、ラッタッター。(楽しげに)
- 女
- うるさい。
- 男
- ラッタッター、ラッタッター、ラッタッター(しだいに遠ざかる)
- 女
- 涙たちは、濃厚に絡み合いながら去っていった。
- ちゃぷんと滴のしたたる音。
- 男
- くじら、みつからなかった。
- 女
- ・・・。
- 男
- ごめんなぁ・・・。
- 女
- 男は私の夢の中で、自由奔放、縦横無尽、変化自在に振舞いながらも、最後に、いつもこう謝る・・・。
- 男
- ごめんな。
- 女
- 私が謝らせている。わかっているのに、「いいよ」の言葉は喉の奥に引っ掛かり出てこない。
- 男
- ごめんな。
- 女
- 逢いたいの。せめて夢の中だけでも。まだしばらく、まだもう少し・・・。
- 男
- ・・・うん。
- 終わってまた始まる