- 窓を開けると、小鳥が鳴いた。
朝。
太陽がキラキラして、まぶしくて、清々しかった。
- いい
- おはよう。いい天気だよ。
- ああ
- …おはよう。
- 目玉焼きが焼ける音、ミルクがコップに注がれる。
洗濯機がゴォンゴォン音を立てる。
やかんが音を立てる。
ピィィィィィ
- いい
- 紅茶なにがいいかな。
- ああ
- ねぇ。
- いい
- うん?
- ああ
- あたし、あなたを憎んでいるの。
- いい
- 知ってる。
- ああ
- あたし、あなたが大嫌い。
- いい
- 知ってる。
- ああ
- あたし、いつかあなたに復讐するんだから。
- いい
- 知ってるよ。ダージリン?クィーンマリー?
- ああ
- …オレンジペコ。
- ああはそう言いながらベッドでもぞもぞする。
- いい
- 起き上がる?
- ああ
- いい、自分でするから。
- いい
- 手かすよ。
- ああ
- いい、自分で出来る、か、ら、
- 何度かもがいたあと、ドサリとああはベッドに落ち込んだ。
- いい
- 両手でここ持って、そう。
- ああ
- あたし、あなたを憎んでいるの。
- いい
- 引っ張りあげるから、いい?
- ああ
- あたし、あなたが大嫌い。
- いい
- 枕、背もたれにするから。
- ああ
- あたし、いつかあなたに復讐するんだから。
- いい
- よいしょ。
- ああ
- 指、一本一本が、
- いい
- 朝ごはん持ってくるね。
- ああ
- 自由に、動くようになったら、すぐに、すぐに。あなたを、
- いい
- うん。待ってる。
- ああ
- その余裕はどこから来るの?
- いい
- 余裕なんかないよ。いつノド掻っ切られるか、ひやひやしてる。
- ああ
- あたしが動けないから?動ける未来が見えそうにないから?
- いい
- 気持ちの問題だって。お医者さんもそう言ってる。
- ああ
- 何年も動かないのよ。ベッドに寝てるあたしを見て、家族はずっと溜息ついてた。ああ。ああ。ああ。って。
- いい
- ああ…
- ああ
- そのうちそれがあたしの名前になるくらい、
本当の名前なんて呼んでもらったことなかった。溜息がつもってばかりの家。
優しい言葉もかけられたことなかった、
休日はいつもあたしだけがベッドに置いていかれ てた。
それでも、それでも、あたしの家族だったのよ。
- いい
- ああ…
- ああ
- それは溜息?それともあたしを呼んだの?
- いい
- 朝ごはん、持ってくる。
- いいが部屋の扉を閉めるまでの間、ああはずっと叫んでいる。
- ああ
- あたしの面倒なんか見て、絶対後悔するから。死ぬまで後悔させるから、死んだほうがマシだって言いたくなるくらい、あんたがあたしを本当のひとりぼっちにしたから、
- バタン、と扉が閉まるとああの声も、もう聞こえない。
扉にもたれながら、いいは溜息をこぼした。
- いい
- ああ。
- またひとつ、
- いい
- ああ、
- またもうひとつ、
- いい
- ああ…この憎しみが、愛しいと思う僕は、本当に狂っている。
- いいは溜息なのか、呼びかけなのか、ああ、ああとつぶやく。
この恋は、誰も幸せになど、ならないのに。
- おしまい