急ブレーキ。
「あの・・大丈夫・・なんですか?」
「え?」
「いや、え、じゃなくて。倒れて・・ます・・よね?」
「誰が?」
「あなたが」
「ああ、なるほど」
「なるほどって」
「調査をね」
「はあ・・ま、なんでもいいんですけど・・とにかく、私のせいじゃないって・・」
「黙って!・・ほら、聞こえるでしょ」
「ええっと・・」
「うん、聞こえる・・はっきりとね。声が、聞こえます」
「・・地面から?」
「声、です」
「ないてるんですよ」
「この下にはね、川が流れてるんですよ」
瞬間、街のざわめきがピタリと止まった。気がした。
「流れて、た」
「流れて、る。何十年も前にね、川に蓋をしてしまったんですね。暗渠(あんきょ)、というやつです」
「埋め立てたんじゃなくって?」
「ただ、蓋をしただけ。だから、今もまだ水が流れてます。遠くの川やら近くのドブやらと繋がってます。繋がってますから、迷い込んでしまうんです。犬やら、ネコやら」
「・・そういえば」
「ん?」
「昔、子供の頃。近所のドブ溝の中に子犬が棄てられてて。家族みんなで助け出そうとしたんだけど、すごい怯えてて。もう人間なんか信用するもんか、みたいな感じで」
「でしょうねえ」
「結局、ドブの奥に、ずっとずっと奥に逃げ込んじゃって。私、泣きながら追いかけようとしたんだけど、お父さんに止められて、もうあきらめろって。私、それから何日も何日も泣きながらくらい穴の中を覗き込んで。でも・・」
「よく、あるんですよ、そういう事」
「・・すっかり忘れてた。あんなに悲しかったのに」
「そういう迷い犬や迷いネコはね、たくさんいます。群れを作るくらい、沢山います。人目を避けて、見えない川から川へと移動しながら暮らしてるんです」
「見えない川の、見えない犬やネコ・・ああ、調査って、もしかして、それを」
「いえ」
「違うんですか?」
「迷子ではありますが。犬やネコじゃあ、ありません」
「じゃあ・・」
「人間ですよ。迷子の、人間の、子供たち」
「そんな、まさか」
「みんな、そう言って笑います。誰も真面目に聞いちゃくれません。けどね。いるんですよ。だってほら」
その男は、道路にうつぶせになって目を閉じている。
「聞こえます。ないてるんです」
「・・」
「あなたも思いますか?私の頭がおかしいんだって」
「いえ・・そんな・・」
「そりゃ確かにね、警察や役所の連中は、何も見つけられませんでしたよ。何も、です。でしょ?遺体だって、見つけちゃいないんです。ハハ!当然ですよ!だってあの子たちは、隠れてるんですから!見えないんですから!・・でも声は聞こえる。見えなくても、あの子の声は・・」
「・・あの子?」
「・・すみません。少し、話しすぎてしまいました・・」
「何が、あったんですか」
「そこの道を左に曲がってまっすぐ行けば、大通りに出られますから」
「もしかして、それって、あなたの・・」
「・・もう行かないと。調査の続きが。それじゃあ」
「あの!」
男は立ち去った。街のノイズがふたたび聞こえてくる。
「見えない川。私の、足の下に」
女は道の真ん中に横たわった。
「・・アスファルトって、こんな冷たいんだ・・」
片耳からは街のざわめき。もう片方の耳からは・・
「・・聞こえない・・なんにも・・聞こえるわけ、ないじゃん」
本当に?