ひぐらしが鳴いた。
田舎の、古い、引き戸を、開けた。
ガラガラガラ
ただいま…
広い家なのだろう。何度かくりかえすただいま。
仏壇の部屋から、チーンと音がした。
ああ、いるんだ。ただいま。あ、俺、自分の部屋にいるから。
トントン、トントン
と、階段をあがってフスマを開けた。
…ぁあ、蒸しあつー…
ピ、とクーラーのリモコンの音。
クーラーより、窓開けないさいよ、窓。
窓開けたって涼しくならないだろ。
夕暮れは風があるんだから。
母さん…
なぁに?
何その格好。
セーラー服よ。
見りゃわかるけど。なんで?
初盆だからじゃない。
初盆はセーラー服着る決まりでもあるの?
だって、自分の一番好きなときに戻っていいんだもの。
へぇ、便利だね。あの世って。
久しぶりねぇ。
49日以来かな。
お線香くらいちょうだいよ。
あとでね。父さんが仏壇の前、居座ってるから。
ずっとあの調子なのよ。イヤんなっちゃう。ね。
ね。って、
趣味とかあればよかったのに。気晴らしどっかいくとか、何かするとか、ねぇ。
野菜の栽培ハマってたじゃない。
あれは母さんがハマってたから。
神社めぐりとか、
あれも母さんがハマってたの。ぜーんぶ、母さん発信。受信専用なの父さんは。
仲よかったもんね。
…イヤんなっちゃう。あんな背中。
うん。
朝から晩まで仏壇むかっちゃって。
うん。
つねりたくなっちゃう。
うん。
出来ないんだけどね。
最愛の妻がいなくなって一年足らずなんだから、仕方ないよ。
すぐに恋人作られるよりいいと思うけど。
そっちのが安心よ。
そうなの?
だって、母さんもういないのよ。
…うん。
ね、あたしのかわりにつねってきてよ。
え?
母さんからの伝言だって、父さんつねってきて。ね、はやく。
えー、伝わるかなぁ。
トントントン、階段を下りる足音。
仏壇の部屋へ向かう俺。
母は、俺の部屋の窓をガラガラと開けた。
ひぐらしが鳴く。
ほら、夕方は風があるんだから。
夕暮れ、ひぐらし、風吹いて、
少しだけ涼しい、夏の夜がやってくる。
おしまい