- 街。交差点を行き交う人たちの声、車の音、クラクション。街は動いている。
その交差点には特有の音楽
- 女子高校生
- すいませーん。すーいーまーせーん。
- 街の隅っこの派出所で、女子高校生の姿。
- 女子高校生
- あのお。落し物拾ったんですけどぉ…
-
- どうやらお留守のようだ。
- 女子高校生
- いない?パトロール中?
-
- ドサイ、キィ、と椅子に座った。
- 女子高校生
- 今時こんなキトクな女子高校生いないよ。わざわざ交番に届けるとかさ。
-
- キィ、キィ、と椅子がなる。
- 女子高校生
- どうしよっかなぁ。置いてっちゃおうかなぁ。
-
- キィ、キィ、と椅子がなる。
- 女子高校生
- こんなん落とす?普通。ヴォイス、レコーダー?とかいうの?
-
- キィ、キィ、と椅子がなる。
- 女子高校生
- …聞いちゃおうかなー。
-
- キィ、キィと椅子がなる。
- 女子高校生
- 駄目、駄目だプライバシーとか侵害しちゃうよ。
-
- と言ったとたん、カチリ。
- 女子高校生
- え?
-
- 再生されるそのヴォイスレコーダー。
街。交差点を行き交う人たちの声、車の音、クラクションが聞こえる。
- 女子高校生
- ええ!うっそ!ちょっと指が当たっただけで、不可抗力だよ、ごめんおまわりさん!て、停止、停止ボタンってどこよ!?
-
- そのうち、男の声が聞こえ始める。
- 男
- 「ハロー、ハロー…」
- 女子高校生
- …え?
- 男
- 「ハロー、ハロー…」
- 女子高校生
- …あれ…?これ、
- 男
- 「お元気ですか。グッバイサンキューありがといつも聞いてくれて愛してるよ、なんていっても電波は僕を拾ったりしない。大都会、ど真ん中。不景気なのはサラリーマンだけじゃないね。無職のDJなんて聞いたことない。懐かしいお馴染みのリスナー、ユリカモメのチューリップ、サタンの弟子、阿部のマリア、電波がなきゃ、僕は誰とも繋がってない。もう誰も僕の名前を呼ばない。交差点で一人喋り続ける僕はたぶん頭のおかしい男に見えるんだろう。昔、憧れのDJに送った葉書は結局紹介されなかった。それでも夜中のラジオは刺激的だった。未来の自分へ書いたみたいなもんだった。未来の偉大なDJ、世界が終るその時まで僕はしゃべりつづけるって。終わっちゃったのは僕。こんなに人がいるけれど、誰も僕を知らない。自分を知っている人間がいないと、自分がどこにいるか分からなくなる。僕の声が途中で途切れたら、それが終り。運良くまた生きていたなら、必ず呼びかけるから。ハロー、ハロー。これが合言葉だ。だけど誰が気づく?誰も気がつきゃしない、町の流れは速いから、いつだって忘れることのほうが速いから。車の流れは速いから、信号変わるの早いから、人が歩く速度は速いからあああああああああ」
-
- あとはもう街の雑音、交差点の特有の音楽でその男の言葉は全てかき消され
カチリとヴォイスレコーダーは勝手に終わる。
- 女子高校生
- これ、そこの交差点?うっそ、まじで!?
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- 女子高校生はキィキィなる椅子から飛び上がり、
その交差点の雑踏へと走り出す。
そして、雑踏の中、もう姿が見えないDJに呼びかける。
- 女子高校生
- DJハロウ!あたし知ってる!ユリカメモのチューリップ、あれあたしのお母さん!大好きだったって!突然番組終わって悲しかったって!今でもたまに聞いてる!あたしはずっと聞いてた!古い古いカセットテープが伸びるくらい、DJハロウ、あたし知ってる!ハロー、ハロー、ハロー、ハロー、ハロー、ハロー、ハロー、ハロー、ハロー、ハロー…
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- 女子高校生は雑踏の中、忘れ去れたDJに必死に合言葉を叫ぶのだ。
だけど街は冷たく、動いているだけ。
- おしまい