赤ちゃん……それ自体で何の感情も持たずに、周りの人たちの愛憎を激しく掻き立てる生き物。
アンブローズ・ビアス「悪魔の辞典」
明るく楽しくやさしく暖かく、母のように娘のように彼女のように女のように。
手紙を読むようにスラスラと。
「あれもこれもしたいけれど、最近無性に赤ちゃんを産みたいのだ」と言ったら、お母さんは「そういう年頃なんじゃない?
体がそうなってるのよ」と言った。
私が生まれて弟が生まれて私の言葉が生まれていつか私の赤ちゃんが生まれる。
赤ちゃんと出会って赤ちゃんを育てて。
そうして私は私を超えていく。
波にゆらゆら揺られて。
私の考えるすべての言葉を超える。
そしてやっと世界と調和がとれる。
人生はシンプルだ。
こうして一行書くごとに細胞の一つ一つが動き始める。
どんどん私が生まれていく。
長いまつげ、大福みたいな小さい手。
ふわふわのお尻を食べてしまっても、大人になってから復讐しないでね。
ちいさな王女さま。
あなたを産む激痛だけが私の生きている証です。
「今日の3分クッキング」
助手
(ぱっと場を乗っ取るように、リズムよく入る)今日の3分クッキング。ちゃららっちゃチャチャチャ、ちゃららっちゃチャチャチャ、ちゃららっチャチャチャらっチャチャチャちゃんちゃんちゃんチャチャ……。
と、助手はキューピー3分クッキングの「おもちゃの兵隊のマーチ」を歌う。女は3分クッキングのお料理の先生のようだ。二人は楽しいクッキングを始める。初めのフレーズが終わったところで助手はミュージックの声を落とし、先生は音楽に乗せて今日のお料理の解説を始める。ここからはアップテンポに早口で。滑るようにつるつるつると話す二人。
先生
こんばんは。今日の3分クッキングのお時間です。今日のテーマは「赤ちゃん」。新婚のご夫婦にも、少子化問題に頭を悩ませ る政治家のあなたにも、ぴったり! マグカップ一つ、たった3分で出来る「ふわふわインスタント赤ちゃん~シチリア風~」 をご紹介したいと思います。
助手の歌もタイミングよく終わる。
先生
ではまず、お気に入りのマグカップを一つご用意ください。こちらに材料をどんどん入れて、アツアツのお湯を注ぐだけ。簡単ですね。まずはベースになる麺から。
助手
はい。今日はシチリア産のパスタを1500g、香川県産の讃岐うどんを1650gご用意しました。先生、これはイタリアと日本のハーフですね。
先生
そうです。ハーフ、かわいいですよね。今日は二種類の麺をハーフ&ハーフで入れていきます。次に将来は音楽家になって欲しいので、ミュージシャンの卵を一つ入れておきましょう。
助手
ミュージシャンの卵、1個です。
先生
さあ後はトッピングです。
助手
はい。(相槌はどんどん打ちながら)
先生
まず長いまつげ500本。大福みたいな小さい手、ふわふわのお尻。このあたりはお好みで何を入れていただいても構いませんよ。どんどん入れましょう。そしてこのスパイスが重要です。二人の愛大さじ1、思いやり大さじ3、妥協、我慢それぞれ小さじ2分の1。こちらもお好みで量を加減してください。最後に涙を少々加えて、塩味を利かせましょう。
助手
マグカップから溢れ出しそうですね。
先生
本来ならここから10ヶ月、暖かい場所で大切に寝かせるのですが、今日は私たちの愛のように熱く煮えたぎったお湯を注ぎ蓋をして、更にあることをすると、なんとたった3分で出来てしまうんです。すごいでしょう?
助手
これは画期的ですね。で、そのあることって何ですか?
先生
ここからはちょっと痛いので、あなたにお願いします。
助手
え、痛いんですか?
先生
ちょっと痛いです。このスイカを鼻から出してください。
助手
私がですか?
先生
もちろんです。
助手
(出そうとする)
先生
それに合わせて、私は「こんにちは赤ちゃん」を歌いたいと思います。二人のハーモニーを聞かせることで熟成が早く進むのです。こんにちは赤ちゃん~。
助手
(頑張って出そうとしている)
先生
(歌いながら)頑張って! 男性だってこの苦しみを味わうべきなんです。頑張れ! 私がママよ~。
助手
オギャー!!
先生
そうやって3分たったものがこちらです。早速蓋を開けてみましょう。あ、いい感じですね。
助手
わあ、とってもいい香りがしますね。
先生
シチリアの海の香りです。
助手
ハーフでミステリアスで、ちょっと僕に似た男の子ですね。かわいいなあ。
先生
そうですか? 私に似た女の子だと思いますよ。
助手
どっちでもいいですね、健康なら。
先生
神秘的ですね。
助手
なんだか幸せです。
先生
そうですね。
助手
お料理って人を幸せにするんですね。
先生
愛は食卓にあるんです。
助手
はい。明日は3分で出来る「インスタント婚活~スペイン風~」です。簡単にスペインの情熱的な男性と結婚出来ちゃう、とっておきのメニューです。夏の暑い日にぴったりのお料理ですね。ではまた明日。