- 男
- もう一本向こうの筋やったっけ。
- 女
- 迷った?
- 男
- 久々やから。
- 女
- 駅は、まだこの道まっすぐ行くんじゃないの?
- 男
- 帰る前にちょっと寄り道しよ思て。
- 女
- 不慣れな靴で来たからあんまり歩けないよ。
- 男
- いっつもみたいにペタンコ靴で来たら良かったのに。
- 女
- 初対面だし、一応気をつかってみたの。
- 男
- 気い使うだけ損やったやろ。
- 女
- いえいえ。
- 男
- オカンこそ、ちょっとは気い使えいうねん。会うなりマシンガントーク炸裂させて。
- 女
- 色々と聞いちゃった。
- 男
- ないことないことやから。
- 女
- あることあることじゃないのお?
- 男
- すっかり共同戦線張られてしもた。
- 女
- あの鯛のお刺身すごく美味しかった。さすが名産だよね。
- 男
- スーパーで買ってきたんを、皿に並べただけやで。
- 女
- スーパーで売ってるのでも、レベルが違うんだって。
- 男
- 昔は、祝い事があるとオトンが市場で生きのエエのを丸々一匹買うてきて、
しゃしゃしゃっとサバいてくれたんやけどな。
- 女
- お父さんが?
- 男
- 板前やったから。
- 女
- サバき方とか習ってないの?
- 男
- 魚より肉が食いたい年頃やったし。
- 女
- お酒が好きで、料理が上手で、男前。会ってみたかったなぁ。
- 男
- やっぱこの道で正解。
- 女
- なになに?
- 男
- あそこで湧き水が飲める。
- 女
- そうなんだ。
- 男
- さすがに居らんわな。
- 女
- 誰が?
- 男
- 「湧き水のリュウちゃん」ってのがいっつもそこに立っててん。
- 女
- 管理人さんかなにか?
- 男
- 管理してると思いこんでるん。水汲みに来た人の持ってきた容器を取り上げて水を入れたり。その場で飲みたい人には、ひしゃくに入れて渡してくれるん。
- 女
- 親切じゃない。
- 男
- 僕らは水鉄砲で打ち合いしたり、水風船作ったり遊びたいわけよ。
けどリュウちゃんが居るとやらしてくれへんのよ。
- 女
- ちょっと鬱陶しい存在だったんだ。
- 男
- ご先祖さんの水は一滴も無駄にしたらアカン、て言いよるんや。
無駄もなにも、こんこんと湧いて流れてくのに。
- 女
- ご先祖さんの水って?
- 男
- この路地の先、山があるやろ。
- 女
- うん。
- 男
- あの山全体が墓場になってる。
- 女
- へえ・・・。
- 男
- ようわからんって顔してんな。
- 女
- ご先祖様が見守ってるってこと?
- 男
- 俺もそういう意味やと思てた。
- 女
- 違うの?
- 男
- 去年やったか、オトンの何十周忌かで山にある墓参りして、
そん時に骨壷を開けてみてん。
- 女
- うん。
- 男
- 骨はもう影も形もなくて、代わりに、水が入ってた。
- 女
- 水?
- 男
- 飲めそうなくらいキレイな。
- 女
- ってことは・・・。
- 男
- この水には、ほんのちょびっとだけオトンが混じってるかもしれん。
- 女
- ご先祖さんの水、か。
- 男
- 嫌やなかったら、一口飲んで行ったって。
- 女
- ・・・うん。
- 終わってまた始まる