- 真夏の屋上
ジョッキがぶつかり合う音
会社帰りのサラリーマン、合コンの男女、学生たちの酔っ払い、笑い声、
響きあう会話、その中から
- 俺
- だから、別れたって。
- 言ってすぐにビールを飲み干してプハー
- 俺
- 言わなかったっけ?言った、言ったよ。
- と、同じテーブルの誰かに話しているのだろう
- 俺
- え?どのくらいって、うーん、2週間?くらい?あ、すいませんビール。
- と、通り過ぎるオネエちゃんに注文した
- 俺
- 短くないよ、限界振り切ってたんだから。俺かなり我慢強かったと思うけどなぁ。あ、確かに、確かに美人だったけど、なぁ、ないわ。ありゃないわ。何?じゃお前1回付き合ってみろって、痩せるね、痩せ、細るね。
- ドン、とジョッキがテーブルに置かれて
- 俺
- あどうもーかんぱーい。
- どうでもよく乾杯して、ちょっと唇をしめらせる
- 俺
- だってさぁ、ホンキの嘘つきだったから。あれだよ、えーと、一番初めが、
- 相手が何か言った?
- 俺
- そ。それ、あ、俺話したことあったっけ?「あたしひとりぽっちだからぁ…
- ビアホールのうるささは俺の耳には入らなくなって
- あたし
- あたしひとりぼっちだから。
- 俺
- で、身の上話しが始まるんだよ。「駅のゴミ箱の…
- あたし
- 駅のゴミ箱の横に毛布でくるんで、ポイって。物でも置くみたいに。
あたしはそこにいたのね。
- 俺
- 「でもあたしは運がいい…
- あたし
- でもあたしは運がいいね。うん、運がいい。
- 俺
- あ、そっかぁ…俺話したなぁ。そんなことがあっても笑ってるような子なんだ、とか言って、バカじゃねぇの俺、だって次の日、
- あたし
- はぁー!何言ってんの?あたし5人家族だよ。
- 俺
- その次の日には、
- あたし
- 5人家族?ううん、母ひとり子ひとりだけど?それがどうかした?
- キン、とジョッキがぶつかった
- 俺
- そのくらいって言うなよ。それだけじゃなくて、
- あたし
- 仕事?デパチカで試食のおねえさんやってるの。
- 俺
- もちろんそれも嘘。
- あたし
- あれ?美容師見習って言ってなかったけ?
- 俺
- それも嘘。
- あたし
- 営業事務なの本当は。
- 俺
- 嘘。
- あたし
- ていうか、今は働いてない。職探し中。
- 俺
- 嘘。
- あたし
- だって、専門学生だもん。
- 俺
- 嘘。
- あたし
- え?ヨーコ?ああ、あたしのことか。
- 俺
- 嘘。
- あたし
- そう、カタカナで、ヨーコ。
- 俺
- 嘘つきだ。
- あたし
- うん、そう。あたし嘘つきなの。
- 俺
- からかってるんだ?
- あたし
- 違うよ。わざと、嘘ばっかりにするの。
- 俺
- ああ、そう。ホンキでからかってるのか。
- あたし
- 違うよ。嘘並べてると、本当の本気がひょっこり見えてくるから。
- 俺
- ナニ言ってんの?全然分からないんだけど。
- あたし
- だからね、ひょっこり出てきたの。明日もね、会いたい。
- 俺
- それも、嘘?
- あたし
- 違うよ。
- 俺
- 嘘だ。
- あたし
- 違うよ。こうしないと、自分で本気が分からないだけ。
- ガヤガヤと、ビアホールが戻ってきた
ジョッキがぶつかり合う
誰かの笑い声
俺はビールを飲み干して
- 俺
- あれは…本気の嘘か、本当の本気か、どっちだったんだろ…?
ビアホールの灯りはまだ消えない
俺は何杯目かのビールを頼んだけれど
どのくらい飲んだか、もう覚えてはいない
- おしまい