ナレーション
山奥件山奥郡山奥村。山また山に囲まれたこの村は、人口500人にも満たない小さな村だ。しかしご存知だろうが、昔この村にマイケルジャクソンが来たことを。
のどかな村の風景
旅人と老婆がいる。
うんだ。30年ほど前だけんどよ。おマイケル様はたしかこの村さきただ。一人でよ。
旅人
一人で?
うんだ。村のはずれにある一本松。そこに行き倒れがおるのを分家のオミヨが見つけてよ。中松んとこの本家の屋敷さつれてったんだ。えらい真っ黒になっとるさけ、風呂にいれて驚いた。黒人さんだったんじゃ。こりゃ大事じゃいうて、村長んとこのバカ息子、こいつは東京の大学いっとるからよ。ちょうど夏休みでかえっとたけん、つれてきてよ。話し聞かせると、おマイケル様だったんじゃ。
旅人
ほんとうにマイケルジャクソンだったんですか?
うんだ。
旅人
同姓同名の別人では?
バカこくでね!
旅人
疑うわけではないのですが、なにかその、
わかった、みなまでういな。ちょうどそんころ中松んとこのベベコの花子がよ。お産で苦しんどった。もう年じゃけ、ダメか思うてあきらめとったんじゃが、おマイケル様が花子の腹さなでなすったら、アラ不思議。立派な子供が産まれたんじゃ。あれがそんとき生まれたベベコじゃ。
牛の声「モーーー」
旅人
・・・
まだ信じとらんか?
旅人
いえあの、マイケルがそんなことできるなんて、
おマイケル様じゃ
旅人
すいません。
まぁええ、都会の人は疑い深けいかんわ。
旅人
あの、他には?
あんたも知っとるじゃろ。ムーンウォーク。
旅人
あ、はいはい。
あの歩き方はこの村でおつくりなさったんじゃ。
旅人
え?
ある月夜の晩じゃった。そんころイタズラもんのイタチがおってよ。村の鶏やら食い荒らしとった。おマイケル様がこらしめなさろうと、イタチのいいなさった。「こりゃイタチ、お前はどうしてイタズラばっかりしよるか?」「しかたがなかとや、おマイケル様、おらには病気の妹がおる、妹の病気には鶏が一番なんじゃ」。おマイケル様はえらい感心なさってな。「だけんどイタチ。村のもんも難渋しとる。これからは妹と二人、わしのハカマのすそを食べなさい」。それ以来おマイケル様が歩きなさると、ハカマのすそに二匹のイタチが、
旅人
え、え、え?
老婆
なんじゃい。
旅人
じゃマイケルがムーンウォークできるのは、その二匹のイタチが?後ろから噛み付いてるってことですか?
老婆
うんじゃ。
旅人
・・・
老婆
つかれたんならそこの岩にすわらっしゃい。
旅人
ありがとうございます。
老婆
それはマイケル出世岩ちゅうてな。そこにいつもおマイケル様が座ってらした。あんたも出世するかもね。
旅人
はぁ。
老婆
今日はどこへ泊まりなさる。
旅人
できればお風呂に、
老婆
温泉があるでよ。
旅人
ほんとですか。
老婆
マイケル湯ちゅうてな。ある日、おマイケル様が「ホウ!」とお咆えなされて、ターンかまして、ビシッ指をお指しなされた。そこから湧き出た温泉じゃ。
旅人
色んなことできるんですね。
老婆
当たり前じゃ、20世紀を代表するスーパースターじゃけな。
遠くで村祭りの準備の音。
旅人
あれは?
老婆
あんた運がええね。今日は祭りじゃけ。
旅人
祭りですか。
老婆
スリラー祭りちゅうてな、年に一回、ご先祖様の霊が蘇ってきなさるんじゃ。
マイケルジャクソンの「BEAT IT」がかかる。
ナレーション
BEAT ITにあわせて踊る村人たちの姿を見ながら、私は自分の心を恥じた。
そこにはひどく懐かしい、そして日本らしい祭りの姿があったからだ。しかし明日には旅立たなくてはならない。この山奥村のさらに山奥に、むかしカールルイスが来た村があると聴いたから・・・。
おしまい