昼の公園。
桜の木が眺められるベンチに男が居り、人待ち顔である。
佐々木さーん、こっちこっち。
はあい。よくまあ、そんな特等席がとれましたね。
たまたまね、入れ替わりで空いたもんで。
今年もきれいに咲きましたねぇ。
・・・ほんとうに。
小山さん。これ、退職祝いなんですけど。
そんな、気を使っていただいて、
ささやかなものですんで、もらってやってください。
なんだろな。
男の方へプレゼントなんて、久々すぎて何を選んでいいかよくわからなくて、
・・・料理の本ですか、いや嬉しいな。
小山さんもこれからは奥様になにか作ってさしあげたら、なーんて。
ははは。
少々おせっかいでしたかね。
いえ、ありがとうございます。
私もあと半年で定年です。
そうですか。じゃあ僕からもなにかプレゼントしますよ。
忘れてください。
え。
もう会社のことなんてすっかり忘れるくらい、第二の人生を満喫していてほしいなって。
どうなんでしょう。何者でもないという自分が想像できません、まだ。
あの、じゃあ、最後に一つだけお願いが。
なんでしょう。
厚かましいんですけど、小山さんのお弁当にいつも入ってる玉子焼き、一ついただけませんか。
この玉子焼きを?
美味しそうだなってずっと思ってたんです。私、すごく下手で。
少し強めの火加減で焼いてますか?
弱火じゃだめですか。
はい。それとね、ほんの少しだけお酢を入れるといいんです。
お酢?
卵が固まりにくくなって、しっとり仕上がります。
なんだか小山さんが作ってるみたいな口ぶり。
・・・作ってます。
え、玉子焼きはご自分で?
実はですね、今日こそは言うつもりでいたんですが、
はい。
毎日弁当を作ってたのは僕なんです。
でも奥様がって、
嘘をつくつもりはなかったんです。こっちに転勤になって、佐々木さんと最初に休憩室で会ったときね、褒めてくださったでしょう。彩りがきれいだって、恥ずかしくて、つい女房が作ってると言ってしまって。
ひょっとして奥様、
十八年前に・・・。
辛い思いをさせてしまったんじゃないですか?
いえ。言ってるうちに、あいつが作ってくれたような気がしてきてね。それはそれで楽しかったです。
ほんと鈍感ねえ私ったら・・・。
佐々木さん、
はい。
玉子焼きどうぞ。
あ、いただきます。
佐々木さん、
はい。
あなたを忘れるなんてできないです。だから、つまりその・・・お友達からはじめてくれませんか?
美味しいです。
え。
じゃなかった、嬉しいです。
春の風が吹き抜ける。
終わってまた始まる