- 夕暮れ。一本の道を歩く女。
- 女
- 知らない人に。それも男の人に声をかけるなんて絶対ムリ。ムリムリって言ったら、だからねーってクラスの友達に言われた。「だからねー」の後にはもちろん、「彼氏できないのよ」が続くはずで、それを飲み込んだ友達の気の使いようよりも、私が考えたのは、あの人のことだ。いつも同じこの道で、いつも同じこの時間、あっちからあの人、こっちから私。ピンと背を張って、少し早足に歩いてくるあの人。そうかやっぱムリよねー、年上だしねー、とか思っても、何度も何度も思っても、おんなじくらい何度も、私は決意して決意して決意して、そして、だけど負けてしまうのだ。
やっぱり言えない。
今日も言えないのか?
今日もまた言えないのか?わたし?
- 向こうから男が歩いてくる。
- 女
- 言おう。今日こそ。だって明日にはもう会えないかも知れないのだから。
明日じゃなくって今晩にでもどこか遠くにいってしまうかもしれないのだから。
今日もまた、ここで会えた。それはとびきりのことだけど、それだけじゃ満足できない私もいるし、それだけじゃ怖くてしかたがないのだ。
「この辺にコンビニってありますか?」
必死こいて考えた絶妙のセリフ。
「この辺にコンビニってありますか?」
そしたらあの人は、「えっと、少し遠いんだけど」って、髪の毛とかポリポリかきながら、やさしく教えてくれるのだ。きっと。
この言葉が扉をこじ開けて、私を違う明日に連れて行ってくれる。
言える。
今日こそ。
- 女の足音と男の足音が近づく。
そしてすれ違う。
- 男
- 今日も、また、ねー。この道のこの辺りでオシッコはマジ限界。家と駅の中間、この辺にコンビニでもあればトイレ借りるのに。ねー。だってマコトの人生、シモ系のトラブルばっかり。ねー。修学旅行ではあんなこと、あった。マコトまだまだウブなころ始めてダーリンが家にきて、こんなことも、ねー。あったあった。シモシモシモよ。マコトの人生シモ山シモ子よ。ねー。あぁ、おまたのケトルか鳴いてるわ。ピョー!ピョー!わかった。わかった。許してチョンまげ。ちょっとまってチョンまげ。もう呆れちゃう。だってコンビニのせいよ。マコトがお下品になっちゃうのも、ねー。あるとこには山ほどあるくせに、ないところにはないんだもん。呆れちゃう。プンプン。
- 男はさらに急ぎ足になる。
- 女
- あの!
- 男
- え?
- 女
- この辺にコンビニってありますか?
- 男
- ねーーーーーーーー。
- 男は足早に去ってゆく。
- 女
- ねーーーって言われた。なんだろう。ねーーーって。
ねーーーー、か。
ねーーーー、ねーーーーー、
ねーーーー、……、ねーーーーー。
ね?
- おわり