- 都会のど真ん中、機械ばかりがうごめく大都会
その中で、ひときわ響き渡る音に、
通勤電車に乗って家に帰るはずの背広姿のアレルギーは振り返った
トーフィー、と懐かしい音がした
- アレルギー
- あ…!
- トーフィー、その音聞こえる方向へ
- アレルギー
- あれは、
- アレルギーは革靴の靴音鳴らして走り出す
- アレルギー
- あの音は…!
- 人ごみ掻き分け、トーフィー、の音の在り処を探し出す
- アレルギー
- ああ、やっぱり、
- トーフィー…
- アレルギー
- おかあさん!!
- ト
と、笛の音を吹きとどまった豆腐屋
- 豆腐屋
- …らっしゃい。
- アレルギー
- 会いたかったです、おかあさん!
- 豆腐屋
- お初にお目にかかるけど。
- アレルギー
- おかあさん!
- 豆腐屋
- ああ?
- アレルギーは豆乳の入った瓶を手に取った
- アレルギー
- を、ひとつください。
- 豆腐屋
- お母さんって、それ、
- アレルギー
- おいくら?
- 豆腐屋
- 1リットル350円…ああ、
- アレルギーはその瓶に口つけて
- 豆腐屋
- ああ、ああ、ああ、
- 見る見るうちに豆乳はアレルギーに飲み干されて
- 豆腐屋
- 豆乳1リットル一気のみって、なかなか見ないね。
- アレルギー
- …っっっあぁ!
- 豆腐屋
- 350円ね。
- アレルギー
- 安い。母の値段がそんなもんだなんて。もらう、もらうよ、ありったけのお母さんを鞄にそっと入れて家に連れて帰ります。まとめてあるだけもらいます。
- 豆腐屋
- お買い上げありやとございます。あるだけ10本で3500円です。
- アレルギー
- 安過ぎる母の値段、もう少し高くなりませんか?
- 豆腐屋
- 値上げしろって?このご時世に?買ってくれるならそりゃありがたいけど。
- アレルギー
- あなた、母親が3500円で売られていたらどんな気持ちになります?
- 豆腐屋
- 売らないよ普通。
- アレルギー
- 今ここに!売られているのが僕のおかあさん。
- 豆腐屋
- 豆乳だろ。
- アレルギー
- 豆乳ですよ。
- 豆腐屋
- あんた大豆なの?
- アレルギー
- 人間ですけど。
- 豆腐屋
- 見りゃわかる。
- アレルギー
- 生まれたときに母乳アレルギーでして。
- 豆腐屋
- は。
- アレルギー
- 卵アレルギーの、小麦粉アレルギー、どうですこれ。何食べて生きろって感じでしょ?食べるものが何もない赤ん坊にとって、奇跡の食物、それが、
- 豆腐屋
- 豆乳?
- アレルギー
- おかあさん!
- 豆腐屋
- いちいちうるさい。
- アレルギー
- すみません。豆腐屋のラッパを聞くと思わず昔を思い出してしまって、すみません。
- 豆腐屋
- 御買い上げありやとございましたぁ。
- 豆腐屋はオールドスタイルの自転車に手をかけた
- アレルギー
- あの、ほんと、懐かしくて。豆乳のおかあさんがいなかったら僕栄養失調でしたから、ええ、このご時世に。
- 豆腐屋
- はぁ。
- アレルギー
- なのに、うちの息子、豆乳どころか豆腐が嫌いで食べなくてね、アレルギーでもないのに。
- 豆腐屋
- そりゃあ、
- アレルギー
- はい?
- 豆腐屋
- あたしの豆腐をまだ食べてないからよ。
- アレルギー
- …ああ…!ああ、じゃあ、豆腐をひとつ。
- 豆腐屋
- はい、毎度ありやとございます。
- 雑踏の中、機械的な音ばかりが溢れかえる中、
豆腐屋のラッパは済んだ音で鳴り響く
- おしまい