- 女
- お父さんなにそれ。
- 男
- 柱時計やがな。
- 女
- 見たらわかるって。そんなんどこにあったん。
- 男
- 物置。探しもんしてたら出てきてんや。
- 女
- どうすんの。
- 男
- さすがにもう動かんやろうな・・・。
- 女
- そりゃそやろ。
- 男
- お前がまだ小さいころは、動いてたんやで。
- 女
- 覚えてるわ。夜中にトイレ行く時とか、いきなり鳴ったりするから、心臓口から飛びだすか思うくらいビックリさせられた。
- 男
- オイハギ時計っちゅうねや。
- 女
- オイハギって、なに、なんか物騒な時計なん?
- 男
- 知りたい~?
- 女
- もったいつけんと教えてよ。
- 男
- これはワシの祖父ちゃんが買うた時計でな。大事に風呂敷に包んでせたろうて持って帰ってきよったわけや。
- 女
- うん。
- 男
- 日ぃが暮れかかった山道を歩いてると、
- 女
- そこへオイハギが出た。
- 男
- 「持ってるもんを置いていけ、そうすれば命だけは助けてやろう」
- 女
- 柱時計って高いんやろ?
- 男
- そらそや。祖父ちゃんは、せっかく大枚はたいて柱時計を買うたのに、なんちゃう運の悪いこっちゃて思た。でも命には変えられへん。素直に持ってたもんを差し出そうとした、そん時や。ボーンボーンって、まだゼンマイもまいてへんこの時計が鳴りよった。それが山にこだまして、大きい音で響きわたる。オイハギはビックリ仰天して、なんも盗らんと逃げてった。そんで事なきを得たっちゅうわけや。
- 女
- この時計が守ってくれたってことか。
- 男
- まあ、どこまでホンマなんかはわからんけど。
- 女
- そんなん聞くと、エエ時計に見えてきたわ。
- 男
- 昔はな、時計っちゅうのは家に一つだけやった。家族みーんな同じ時間を生きてたわけや。・・・今は、みんなそれぞれ時計もってるからな。
- 女
- なーんか、最近午前様なんを遠まわしに非難されてるんかなぁ。
- 男
- いやいや、めっそうもございません。
- 女
- だって、うちの店、売り上げ厳しいから大変やねんもん・・・。
- 男
- わかってますがな。
- 女
- あ!お父さんこの時計、自分で修理してみたら?
- 男
- ワシが?
- 女
- うん。自分で修理できたら、こう価値が上がるっていうか。知り合いにそんなんやってる人おるねん。
- 男
- 定年してヒマやろし、生きがいでもみつけてあげようっちゅ腹やな。
- 女
- いや、えと・・・。
- 男
- 修理はせん。このままワシの部屋に飾っとく。
- 女
- スネた?
- 男
- (時計を開き、針を回す)・・・お前は今この辺かな、午後三時。
- 女
- 三時ってなにが?
- 男
- おやつの時間や。楽しいな。夕方になったら晩飯も食える。ワシはこの辺、九時半、もう十時近いかもな。寝るまでにはもうちょっとだけ間ある、でもそんなあれこれはできん。
- 女
- 残りの時間、人生の。
- 男
- これ見るたび、後悔せんように時間使おうて思うやろ。
- 女
- ・・・これから見守っててね、オイハギ時計さん。
- 男
- あれ、ワシ、物置でホンマは何を探してたんやったかいな。
- 女
- ヤダ、お父さんたら。
- 終わってまた始まる