- 台所で夫婦の会話
- 母
- 私は去年の秋ごろから知ってたんよ。二人が付き合ってるの。真佐子に紹介してもらって、藤原くんと真佐子と三人でお食事にもいってたから。そらこんな風に、ね、急な話になるとは思ってなかったけど。でも、なんていうか、二人とも結婚するつもりやって言ってるし、そら順番は逆やけど、今の人らはほとんどみたいやし、そういう、なんっていうの?最近は「おめでた婚」って言うらしいし、急な話でお父さんもびっくりしてるやろうけど、なんていうか、私としては二人を応援してほしいのよ。
- 父
- ♪四国八十八箇所めぐり
お大師さんに手を合わせ
家族の健康願ってくれば、
一人娘が急な妊娠
嫁入り前にハラホレヒレ
- 母
- お父さんが歌いたなる気持もわかるけど、ここはわかってほしいのよ。そら一人娘で、どんだけ可愛がってきたか、私が一番知ってる。真佐子かて、こういう風になって色々反省してることもあると思う。でも、お父さんも早く孫が見たいって、
- 父
- ♪それとこれとは話が違う
- 母
- そうやけど。でもめでたいことよ。今どき赤ちゃんできんでしんどい思いしてはる人はいっぱいいるんやから。今は納得できひんことでも、七月にはもう生まれてるんやから、そしてらお父さんの気持かて、
- 父
- ♪家のことは、お前に任してたはずや
真佐子がこんなことなったのも
もとをただせばお前のせいや
- 母
- 今さらそんなこと言うてもしゃーないでしょ。だいたい二十五すぎた娘が家の外でなにしてようが、そんなこと私知りませんやん。
- 父
- ♪知らんですむかー
どいつもこいつもどいつもこいつも
もう一回お遍路さんいってくるー
- 母
- いかんでよろしい!こういう時こそしっかりしてよ!こんどの日曜、藤原くんとご両親が挨拶にくるっていってはるから、そのときちゃんと話してよ。
- 父
- ♪順番が何もかもおかしいー
- 母
- 仕方ないやないの。急な話なんやから、
- 父
- ♪真佐子はどないいうてんねん?
- 母
- あの子は結婚する気マンマンやん。
- 父
- ♪その藤原って誰やねん?
- 母
- 会社の人やて。
- 父
- ♪真佐子は不幸や
- 母
- 何も不幸なことあるかいな
- 父
- ♪あの子は可哀そうな子や
- 母
- 全然かわいそうなことないわ。
- 父
- ♪あぁーお大師様
- 母
- もう!お大師さんはええから、日曜日、家にいてよ!わたし、もう寝るから。
- 母はリビングにいってしまう
- 父
- ♪女親は冷たいな すっごくあっさりしているな
会社をやめて二年になるけど なかなか自分の居場所がない
ここは僕の家なのに
男親は寂しいな いまいち踏み込めない
今年もあったかくなったら、善光寺さんに参ろう
善光寺から山梨にくだって、そのまま富士山にのぼろう
歩きたい。からっぽになって歩きたい。
そして七月は、誰やねん藤原って
そして七月は、誰やねん藤原って
僕はどこにいようか?
歌がとまらない 歌が、歌が、歌が、
(歌うのをやめて)
真佐子―。
- 父はがっくりうなだれる。
- おわり