- 旅人
- 「今年」をゴミ袋に詰めて捨ててやろうと思ったのに、それは除夜の鐘とともに「去年」
に変わってしまった。
- ゴーン…と、除夜の鐘が鳴り響いた
- 商人
- あんた、これいるかい?
- 旅人
- そいつは自転車いっぱいに掃除用具をつめて、背中には細長い旗をはためかせていた。
- 「今年の汚れを来年に持ち込まない」これが人生のモットーね。
- 旅人
- 定住するところがない旅人だから、掃除をしなきゃいけない家などない、と言うと。
- 商人
- その荷物は来年に持ち越すつもりかい?いらないものがあるなら今年のうちに捨てときな。
- 旅人
- 確かに。旅を繰り返すうちに膨れ上がる荷物。いらないだろうと思っても、これがなかなか捨てるに捨てられない。
- 商人
- そのまま過去ひきずって未来を生きるのは、荷が重くないかい。
- 旅人
- 今年一年の蓄積が、僕の背中に重くのしかかる。
- 商人
- そりゃいろいろあったろうさ、この一年。だけど、必要なもの、そうでないもの、見分けて捨てて整理して、「今年の汚れ、今年のうちに」掃除機具会社の回しモンじゃないさ。大掃除の途中で年が明けたら、年初めから掃除、ゴミ捨て、なんだか一年の始まりにケチがついたような気になったこと、あるだろうさ。
- 旅人
- 新年っていうくらいだからね、新しいものに囲まれたくなる気持ちは、まぁ、分かるけど。
- 商人
- 大掃除する家持ちじゃないなら、身辺整理だけでもやっときな。今年の初めにケチがつく。
- 旅人
- そう言って、自転車のカゴから引っ張り出したのは、
- 商人
- 半透明ゴミ袋、20枚入りで500円。どうだ?
- 旅人
- 他で買ったほうが安いその値段。ふっかけるには理由があるらしく、
- 商人
- モノ捨てる専用じゃあないさ。荷物は見えるものだけじゃないだろ?
- 旅人
- 意味深なことを言う。
- 商人
- 大きな酔い止め袋だね。買うなら使い方を説明するよ。口に袋をあてな。
- 旅人
- 口に!?と思わず大声だした。
- 商人
- 買うのかい?買わないのかい?
- 旅人
- 捨てるものなら先週買った週刊誌、もう使わなくなったホーローのカップ。穴のあいた靴下。流行遅れのマフラー。一度も使わなかったエコバック。毛先の割れた歯ブラシ、そういえば、あなたの分もまだ残ってたっけ。先の欠けたお箸、そういえば、あなたの分
もまだ残ってたっけ?
- 商人
- ああっと!
- 旅人
- そいつは僕の口にそのゴミ袋あてて、こう言った。
- 商人
- もう捨て始めてるのかい?買いもしないうちに。
- 旅人
- …え?
- 商人
- 捨てるものなら、なにも見えるものばかりじゃないさ。見ないもの専用のゴミ袋があったって、そりゃ当り前だろ?
- 旅人
- …僕の、背中に、重く、のしかかる、
- 商人
- 捨てるなら、言葉にして捨てな。
- 旅人
- 僕は、500円玉をそいつにくれてやった。
- ガサリと、ビニール袋の音がする
- 旅人
- ビニールの匂いがした、とたんに、僕は吐き出した。
- ビニール袋の中に旅人は言葉を捨てる
大声で、大声で、叫ぶように、だけど、ビニールの中で言葉たちはくぐもって
大声ではあるが、何を言っているかは分からない
やがて、ゴーン…と、除夜の鐘が鳴り出した
- 旅人
- 「今年」をゴミ袋に詰めて捨ててやろうと思ったのに、それは除夜の鐘とともに「去年」に変わってしまった。長い時間をかけたのに、あなたとの想い出は、そう簡単に捨てれそうにないみたい。
- 新年の町を、人々が通り過ぎる
新しい町を、人々が通り過ぎる
車のクラクション、足音、自転車のベル
その人ごみに混じって、商人は「今年」の商売をする
- 商人
- あんた、これいるかい?
- おしまい