- 登場人物
- 男
女
- 男
- (モノローグ) こうして毎晩、彼女と話すうちに、僕は彼女に、ひとかたならぬ思いを抱いてしまったようでした。
- かたん
- 男
- 眠れないんだ。
- 女
- そう。じゃ、眠くなるまでお話ししましょ。
- 男
- 君は眠くない?
- 女
- (否定して)ううううん。眠くならないんだ、あたし。
- かたん
- 男
- どんな話しがいい?
- 女
- 次の夜が楽しみになるような話。
- 男
- アラビアンナイトみたいだね。
- 女
- なあに?それ。
- 男
- 聞いたら、また明日、僕と話したくなるんだよ。
- 女
- 素敵。
- かたん かたん、かたん
- 男
- 昔々。とあるヨーロッパの街に一人の男がふらりとやってきた。
男は、頭にターバンを巻いた不思議な人形を連れていた。
チェスの名人、「機械仕掛けのトルコ人」、
男はそう、大声を張り上げた。
そこは、昔々のとある街の広場。その一角には人だかりができていた。
- かたん、かたん、かたん
- 人形を連れた男
さぁさぁ、ご覧あれ。ビショップを・・・クイーンの4へ。・・・チェックメイト!
- 人々は歓声がきこえる。
- 人形を連れた男
さぁ、次の挑戦者はおらんかね。かのナポレオンボナパルトもチェスでは、こいつにかなわなかった。「機械仕掛けのトルコ人」、インチキだと思う御仁は、背中を開いてご覧じろ。
- かたん、かたん
- 男
- 街の人が、背中をあけて覗いてみると、複雑なゼンマイがカタンカタンと音を立てて回っているだけだったのです。
- 女
- それから?それから?
- 男
- 続きは、また、明日。
- 女
- 残念。
- かたん、かたん
- 男
- そろそろ、会いたいな、君と。
- 女
- 駄目。あえないわ。
- 男
- じゃあ、せめて画像、送ってよ。
- 女
- いいわよ。
- かたん
- 男
- ・・・へぇ。かわいいね。
- 女
- 恥ずかしい。
- 男
- これ、ホントに君なんだよね?
- 女
- そうよ。
- かたん
- 男
- 君は「機械仕掛けのトルコ人」じゃ、ないよね。
- 女
- どういうこと?
- かたん、かたかたかた、かたん
- 男
- 聞いたんだ。機械が自動応答するサクラがいるんだって。こういうサイト。
- 女
- 疑ってるの、私のこと。
- 男
- だって、この画像は君じゃない誰かかもしれなくて。
君に会話のアルゴリズムを教えたのは、僕の知らない誰かで。
君は、僕じゃない誰かとも、僕と話すように話していて。
でも、君はいなくて、体が無くて。
- 女
- あなたは?
- 男
- え?
- 女
- 「機械仕掛け」じゃないの?
- かたん、かたかたかた、かたん
- 女
- 実はワタシがアナタに騙されてたりして。
- 男
- 僕は「機械仕掛け」なのかな。
- 女
- さあ、どうかしら。
- 男
- 眠れないんだ。
- 女
- 素敵。
- 男
- 今から会えるかな。
- 女
- もう、会ってるわよ。
- 男
- 僕は、誰を好きになってしまったのかな。
- 女
- ワタシ。
- 男
- ワタシって誰。
- 女
- あなたの言葉に応え続けるワタシ。ややこしい体も、ややこしい心もない。あなただけのワタシ。
- 沈黙
- 男
- 本当はね。トルコ人は、中にチェスの名人が隠れてて、動かしてたんだよ。
- 女
- 素敵。
- かたん
- 男
- 名前・・・教えてよ。
- 女
- サ・ク・ラ。
- かたん
- 男
- アイシテル。
- 女
- ・・・ワタシもよ。
- おしまい