ひとごみ。
知らなかった。
そうだっけ?
そんなこと言ったことないじゃない。
聞かれなかったから。
聞かなくたって、言ってくれればいいのに。
だいたいさ、キミは「好き」とか言うとそればっか買ってくるから。
それは、喜ぶと思って・・・。
同じものばっかり出されると、アキたりキライにもなったりするわけで。
だから言わなかったの?
そんなことないけど。
そうだ、そうよ。
なに。
林檎とか梨は、皮をむいて出さなきゃ食べないのに、桃は自分で勝手に食べるもんね。
そうだな。
衝撃の事実。
おおげさだよ。
旦那の一番好きな果物を知らなかったのよ。二十五年も夫婦やってるのに。
ま、たまには入院してみるのもいいもんだ、ってことで。
のん気なこと言っちゃって。
明日から、桃ばっかり買ってくるなよ。
買いませんよーだ。季節はずれだから、きっとものすごく高いし。
・・・じゃあ、あいつ奮発したんだな。
その桃をくれたのって、
ハルオ。
ハルオが来たの?
昨日の晩、ふらっと。
あの子、父さん入院したってメールしたのに返事もよこさなかったのよ。
返事の代わりに、直接来たんだろ。
来るなら、知らせてくれたらいいのに。
新米社員は何かと大変なんだって。
そうなんだろうけど、ホント気が利かないっていうか・・・。
あいつ覚えてたのかな。
なにを?
ほら、ハルオが生まれた時、桃の木を植えたろ。
うん。
「俺はオトコなのに、なんで桃の木を植えたんだ」って聞かれたことがあって、小学校ん時かな。
桃が好きだから植えたんだ。
端的にいえばそうなんだけど。
祖父ちゃんちの裏の畑に桃の木があってさ。夏休みに行くと、桃の食べごろでね。ラジオ体操は寝坊してろくすっぽ行けない俺が、夜明け前に起きて、木の下に行って桃が落ちるのを待ってる。
もがないの?
一番旨いんだって教わったの。熟して木から落ちた、その桃が。
まさに完熟ってやつね。
そう。しかも落ちてすぐのでないと、虫がたかっちゃって食えないから、早起きして待つわけ。・・・あの美味い桃を、食わせたかったんだよな・・・。
我が家の桃の木は、花しか咲かないけどね。
そういう種類みたいだな。
さてと、炊事場で桃むいてこようかな。
お世話かけます。
ねえ。
ん?
・・・まだ、落ちないでよ。
・・・。
熟してないんだから。まだ。
あったりまえだろ。
終わってまた始まる