- 【登場人物】
- ・グリモ …ぬいぐるみの兄
・パーヒー …ぬいぐるみの妹
- かつて、この屋敷に暮らす老夫妻は、自分達でこしらえたぬいぐるみたちを、家族のように愛していた。
やがて、その老夫妻はこの世を去ってしまう。
しかし同時に、まるでこの夫妻が生まれ変わったかのように、残された"家族たち"に命が宿ったのである。
今日は、その末娘、パーヒーのお話
- (SE)階段を駆け上がる音
- グリモ
- なんでデパートになんか行ったんだよ!
- パーヒー
- うるさいわね、どうしても欲しいものがあったのよ!
- グリモ
- よりによってそんな人の集まる所に行って、ぬいぐるみだってバレたらどうするんだよ!
- パーヒー
- 大丈夫よ、帽子は深く被ったし、コートの襟も立てたもの。誰も私がぬいぐるみだってこと分かりゃしないわ。
- グリモ
- で、何買ったんだよ。
- (SE)バイクの音
郵便屋が配達にやって来たのである。
- パーヒー
- 郵便屋さんが来たわ!
- グリモ
- 郵便屋さん?
- (SE)階段を駆け下りる音と、紙袋を破り開ける音。
- グリモの独白
- グリモ
- その郵便屋が来るや否や、妹は買ったばかりの袋を破り開けて外に飛び出していった。
袋の中身は、淡いピンク色の皮手袋だった。
そこでどのような言葉が交わされたのか、僕にはわからなかったが、郵便屋とのやり取りが終わると、妹は上機嫌で部屋に戻ってきた。
- グリモ
- どうしたんだよ、わざわざ手袋なんかして。
- パーヒー
- だってそうしないと、私達がぬいぐるみの家族だってことがばれちゃうでしょう。昼間はよく見えるからって、いつも怒るのはお兄ちゃんじゃない。
- グリモ
- 手袋ならおばあちゃんが編んでくれたのがあるじゃないか。
- パーヒー
- 嫌よ、あんな毛糸がモコモコしたのなんか。指が太く見えるじゃない。
- グリモ
- 誰がお前の指なんか意識するんだよ。
- パーヒー
- しないとも限らないじゃない!
- グリモ
- 誰が。
- パーヒー
- え?
- グリモ
- …あの郵便屋が?
- パーヒー
- どっ、どうしてそこであの人が出てくるのよ。
- グリモ
- お前もしかして、あの郵便局員のことが…なんじゃないかと…。
- パーヒー
- ばっか、何言ってるのよ。あの人は人間なのよ、そんなことあるはずないわ。
- グリモ
- でもおかしいじゃないか、最近毎日この時間になると、玄関をウロウロして。
- パーヒー
- それはねっ、最近ペンパルが出来てね、毎日手紙を書いているの。それを届けてもらってるだけなのよ。
- グリモ
- 人間を好きになるのだけは、絶対に許さないからな。辛い思いをするのが目に見えてるんだから。
- パーヒー
- だから違うって言ってるじゃない。
- パーヒーの独白
- パーヒー
- 私は嘘をついていました。本当は私にペンパルなんていません。私が手紙を書いていたのは、神様です。
「神様、どうか私を人間にしてください。」
- 次の日の昨日と同じ時刻。
パーヒーは玄関先で、いつものように郵便屋を待っている。
- グリモ
- 郵便屋さんは来ないよ。
- パーヒー
- え?
- グリモ
- 今日はもう帰ったよ。
- パーヒー
- もうって、どうして教えてくれなかったのよ!
- グリモ
- 昨日も言っただろ、人間を好きになっちゃいけないって。
- パーヒー
- え?
- グリモ
- 本当はいないんだろ?ペンパルなんて。彼が言ってたよ。デタラメの住所で、届けられませんでしたって。
- パーヒー
- そんなはずないわ。
- グリモ
- どんなに神様に祈ったって、僕達は人間になれないんだから。
- パーヒー
- 手紙を読んだのね?
- グリモ
- …ごめん。
- パーヒー
- まさか、あの人も?
- グリモ
- うん。
- パーヒー
- どうして読むの!ああ、もうお終いだわ!あの人に、私がぬいぐるみだってことが知られるなんて!
- パーヒーは、外に飛び出して行く。
- グリモ
- おい!雨が降ったら帰ってこれなくなるぞ!
- (SE)雨の音
パーヒーの独白
- パーヒー
- 私は、街の中を闇雲に走った。どれだけの人が、私がぬいぐるみであることに気付いたのだろうか。やがて、雨が降ってきて、雨水を含んだ私の足は次第に重くなり、やがて、動けなくなった。ぬいぐるみが水に濡れるということは、人間でいうところの、死に等しいのだ。
しかし、私は、生きていた…!
- グリモ
- パーヒー!パーヒー!
- パーヒー
- 私…。
- グリモ
- あの人が倒れているところを見つけて助けてくれたんだよ。
- パーヒー
- …あの人?
- グリモ
- お前が乾くまでつきっきりでドライヤーを当ててくれてたんだからな。
- パーヒー
- 郵便屋さん!
- グリモ
- …もう帰ったよ。
- パーヒー
- そう。
- グリモ
- そうそう、これを君にって。
- グリモが差し出したのは、新しい黄色の皮手袋である。
- パーヒー
- 黄色の皮手袋…。これを、私に?
- グリモ
- あと、これも。
-
- グリモは一通の手紙を、パーヒーに差し出す。
- パーヒー
- 手紙?
- グリモ
- うん。
- パーヒーは手紙の封を切る。
-
- 「この間の手袋は、水でグショグショになってしまったので、今度は僕が、新しいのを選んでみました。気に入ってもらえたでしょうか?
元気になったら、今度は、僕に手紙を書いてくださいね。」
- グリモ
- 返事、しっかり書くんだぞ。
- パーヒー
- うん。
- 【終わり】