- 玄関のチャイムの音
- 男
- はいはい~
- 玄関のドアが開く音
- 男
- あ、先生
- 女
- こんばんは
- 男
- どうぞ
- 女
- 失礼します
- 玄関のドアが閉まる音
- 男
- どうぞ
- 女
- あ、ココで結構です
- 男
- まあ、そうおっしゃらずに
- 女
- いえ、ホントに。ありがとうございます
- 男
- 最近は、アレですか?
- 女
- 色々問題になりますので
- 男
- 嫌な世の中になりましたねえ
- 女
- あの、サキちゃんは
- 男
- 塾に行ってます。あの、サキは、学校でうまくやってます?
- 女
- ええ。友達もいっぱいいて、とても素直で明るい子ですね
- 男
- そうですか
- 女
- おうちではどうですか?
- 男
- おうちでは…先生、ちょっと相談したいことがあるんです
- 女
- 何でしょう
- 男
- 娘がですね、私のことを気持ち悪いって言うんです
- 女
- はい?
- 男
- 何かにつけて私のことを気持ち悪いって言うんです
- 女
- はあ
- 男
- それが、辛くて。私、そんなに気持ち悪いでしょうか
- 女
- お父さん、本気にしちゃダメですよ。サキちゃんは14歳です。箸が転がっただけで笑う年頃ですから。あまり、気になさらない方が
- 男
- 洗濯物だってね、一緒に洗うと怒るんです。「せめて裏返しにしないで!」って。最初は、愛情の裏返しかと思ってたんですよ。でも、洗濯物の裏返しと、愛情の裏返しは、どう考えても結びつかないんです!
- 女
- 思春期はそういうものですから
- 男
- しかし、私はね、男手一つで育ててきましたから、どこかで教育を間違えたんじゃないかと。やはり、いくら父親とは言え、人のことを気持ち悪いって言うのは、コレ、いけないことじゃないかと。それで、また叱りますよね。そしたら、「キモイ」ですよ。叱ったらキモイのかって話ですよ(徐々に声が震えてくる)野球だってね、見ますよ。ビール片手に応援しますよ。ホームラン打つ。喜びますよ、そりゃ。誰だって喜びますよ。そしたら、一言「キモイ」って。それは何だ? ホームランバッターに失礼じゃないのか! 野球を何だと思ってるんだ!!
- 女
- お父さん
- 男
- もちろんね、ビールもこぼします。拭けばいいじゃない。それをキモイとは何事だ!!
- 女
- お父さん!
- 男
- はい?
- 女
- ちょっと、落ち着かれた方が
- 男
- いやね、あまりにも言われるもんですからね、ひょっとしたらホントに気持ち悪いんじゃないかって最近思って来たんですよ、コレ。だから今日、先生にね、気持ち悪かったら、気持ち悪いって正直に言ってほしいなと思いまして、ええ
- 女
- 気持ち悪くないです
- 男
- 気持ち悪くないですか?
- 女
- 気持ち悪くないです
- 男
- 私は、大丈夫ですか
- 女
- 大丈夫です
- 男
- …安心しました
- 女
- 他に何か相談ございます?
- 男
- いや、特にないです
- 女
- では、これで失礼します
- 男
- ありがとうございました
- 玄関のドアが開く音
- 男
- まだ、回られるんですか?
- 女
- ええ。今日はあと3件ですね
- 男
- 家庭訪問って大変ですね。特に問題のある子のお宅とか、ね?
- 女
- いや、でも最近は、アレですね。問題あるのは子どもよりも…
- 男
- あ、学校
- 女
- ああ…
- 男
- 嫌な世の中になりましたねえ
- 女
- ええ。では、失礼致します
- 男
- ご苦労様です
- 玄関のドアが閉まる音
- 終わってまた始まる