- 女
- な、何があったの。
- 男
- いや別に。
- 女
- んなわけないでしょ。ひっくりかえってるんだよ、こんな大きい冷蔵庫が。
- 男
- 冷蔵庫さんは、昼寝でもしてんだよ~。
- 女
- お父さん!
- 男
- 犬も食わない。
- 女
- へ?
- 男
- だから、
- 女
- 夫婦喧嘩?
- 男
- わかりやすく言えば、そういうことだ。
- 女
- 父さんがこれ倒したの?
- 男
- 父さんじゃない。
- 女
- え、母さんが?
- 男
- 見事な大外刈りだった。
- 女
- うそ・・・。
- 男
- 大外刈りってのはだな、軸足をこっちに、こうして、
- 女
- 技の説明はいい。原因はなに?
- 男
- 冷蔵庫の水が漏るってグチグチ言うから、じゃ買いに行こうって言ったら、なかなか出かけようとしなくて。で、もう君一人で買っておいでって言ったら、まあこうなったわけさ。
- 女
- 父さんに都合の悪いトコは、はしょってる気がするけど。
- 男
- んなことないさ。
- 女
- 女の人はね、化粧もあるし、家のことも気になるし、ぱっと出かけるなんてできないの。
- 男
- 洗濯なんて帰ってからでもできるだろうが。
- 女
- 早く出かけられるように、手伝ってあげたらいいじゃない。
- 男
- お前、母さんの差し金か?
- 女
- 違うって。昔から変わらなさすぎだよ。
- 男
- え。
- 女
- あのキリンさんの絵が張ってあるフスマ、それからあの食器棚の右端のガラスがないトコ。ぜーんぶ、出かける前に喧嘩になって壊れた。
- 男
- フスマは母さんで、食器棚は父さんだったかな。
- 女
- 母さん出てったの?
- 男
- 出かけようって言った時に、あれくらいさっさと行動してくれりゃあな。
- 女
- 心配じゃないの?
- 男
- じきに帰ってくるさ。
- 女
- 父さん、来月定年でしょ。一緒に居る時間がもっと増えるんだよ。ほんと仲良くしてよね。
- 男
- 仲いいだろ。
- 女
- この状況で、首を縦に振れると思う?
- 男
- まあ、一種のガス抜きだから。
- 女
- ガス抜き?
- 男
- 何年暮らした夫婦だって。譲れないトコは譲れない、変われないトコは変わらない。それでも一緒に暮らしていきたいから、我慢する、イライラする。悪いガスが溜まる。
- 女
- ふーん。
- 男
- つまりだな、一緒に仲良く生きていくために、ガス抜きが必要ってことさ。
- 女
- そう思ってるのは父さんだけだったりして。
- 男
- ・・・。
- 女
- お、動揺した。
- 男
- お前、とっとと自分の家に帰りなさい。
- 女
- え、手伝うよ片付け。
- 男
- いい、僕が一人寂しく、ちまちま片付けするんだよ。
- 女
- なんで。
- 男
- キュンとくるだろ、母さんが。
- 女
- なにそれ、そういうポーズなわけ?
- 男
- お前の旦那も、寂しい背中で待ってるぞきっと。
- 女
- え?
- 男
- さっきダイスケ君から電話あったぞ。
- 女
- ・・・。
- 男
- ほら、とっとと帰った帰った。
- 女
- ・・・うん。
- 終わってまた始まる