- パチパチ、火が燃える音がする
- 僕
- 見ず知らずでした。名前も知らないし、会ったこともない、本当に通りすがりでした。
- ゆかり様
- それで?
- 僕
- 罪悪感というのもおかしな話しで、ただ、妙な出会いで、でも、本当に、あの子はなんであんなことをしたのか。原因は何だったのかって、そんなことをぐるぐる一年以上も悩み続けて、それで、
- ゆかり様
- わっちのところに来たって?
- 僕
- だって、ゆかり様は呼び出せるんでしょう?死んでしまった人間の魂を。ネットでもテレビでも、ブレイクしてるじゃないですか!?予約一年先まで埋まってるって、一年待ってやっとですよ。お願いしますよ。
- ゆかり様
- 同じくらいネットやテレビでインチキだって言われてるけど?
- 僕
- 信じるモノにはそれはキセキでしょ!
- ゆかり様
- 信じられる人にはね。
- 僕
- 死人に口ナシなら、もうそれ死んだ本人に聞くしかないって、
- ゆかり様
- じゃ、話して。あんたが気になるその人のこと。
- パチパチ、火が燃える音がする
ゆかり様は木切れをその火にくべたのか炎はゴウッと大きく燃え上がった
ゆかり様はぼそぼそと、低く、何かを唱える
それはサンスクリット語でもいいし、コーランでもいいし、聖書の言葉で
もいいし、うにゃうにゃ言ってるだけでもいい
ゆかり様のうにゃうにゃを聞きながら、僕は話すのだ
- 僕
- もう終電も乗り過ごしてしまって、歌舞伎町でうろつく人々をぼぉっと眺めていた時に、
- 僕の想い出の中の彼女が話していても、
ゆかり様に乗り移って話していてもどちらでもかまわない
- 「お金渡すから、お願いがあるの」
- 僕
- どうやら彼女はお金で僕を雇いたいらしいのだ。
- 「実は今から死ぬ予定なんだけど、発見が遅れて死体がきちゃなくなるのが嫌なのね。だから、あ、死んだなって思ったらすぐに警察に連絡してほしいのね。ね?簡単でしょ?」
- 僕
- 死ぬ死ぬと連発するわりにはカラリとしていて、
- 「迷惑かけないって。本当に連絡してくれるだけでいいから」
- 僕
- 僕は暇つぶしに、どうしてそんなに死にたいのかと尋ねた。
- 「夜眠るのが嫌だからよ」
- 僕
- 死んだらずっと寝てるようなものなのに。
- 「だからよ。目は覚めないから。寝るでしょ、目が覚めるでしょ、ああ、また今日も寝なくちゃいけないんだって思うの。目が覚めなければもう眠らなくて済むじゃない。一番いやなのがね、朝が来るって思って眠るのに目が覚めなかったら嫌なの。眠るのが、怖いってことは、目が覚めるのが怖いっていうのと似てる」
- 僕
- 普通じゃない。きっと彼女は少しおかしいのだろう。僕は何度も断るけれど、
- 「オジサンだから声かけたのに」
- 僕
- え?
- 「だって、普通の人だから。ちゃんと約束守ってくれそうだし。オロオロしながら」
- 僕
- ただからかっているだけなのかもしれない、だから軽く、じゃあ、いいよ、と。
- 「あ、そう。良かった。じゃ、そこの隅っこでするから。じゃ、これ御礼ね。よろしく」
- 僕
- 軽く、本当に軽く挨拶をして彼女は店と店の間にするりと体を入れると、鞄から何かの錠剤を取り出してゴクリと飲み干した。僕は彼女が言ったとおりにオロオロしながら警察に電話した。「女の子が、倒れています」
- パチパチパチ、ゴオっと炎が揺れて、
- 僕
- …あの、何か分かりましたか?
- ゆかり様
- 何って、もう言ったじゃない。
- 僕
- え?
- ゆかり様
- あんたもうその時聞いてるじゃない。眠るのが嫌だって。目覚めるのが嫌だって。
- 僕
- それ、だけ?
- ゆかり様
- それだけ。
- 僕
- たったそれだけの理由で?本当に?
- ゆかり様
- だって、今すぐ横で彼女がそう言ってるんだもの。あんた、信じるって言ったでしょう?信じるモノにはキセキだって。
- 僕
- そう、ですけど、でも、だって、そんな馬鹿げた理由で、それだけで、そんな、信じられない…
- パチパチ、ゴオッと炎が大きく揺れて、ふっと消えた
馬鹿げた理由でも、人は死ねる
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