- 担当
- 僕の仕事は、まったく骨が折れる。だけど、
- ピンポーンと、担当が先生の家のチャイムを押した瞬間
バタンと勢いよく開いたドアと、勢いよく先生
- 先生
- 捕まえて捕まえて捕まえて!
- 担当
- え?え、先生、え、何を?え?
- 先生
- 早く早く、そっちいっちゃったじゃない!ああ、足元!
- 担当
- あ、しもとぉ?
- 先生
- やだ踏まないで!バカモノ!
- 担当
- 踏むって、何を?
- 先生
- 足あげたままにして!
- 担当
- 何もないですよ!
- 先生
- ああ!もう!逃げちゃったぁ!あ~なんで素早く捕まえてくれないかなぁもう。
- 担当
- あの、
- 先生
- あんた何年私の担当やってんのよ。ああ、違うか、あんたまだ新人だったっけ?
- 担当
- 先生、
- 先生
- 私の作品大事にするのが編集の仕事でしょ?
- 担当
- いいですかね?
- 先生
- 何がよ?
- 担当
- 足、降ろしても。
- 先生
- あ?いつまでフラミンゴみたいなカッコしてんの?見ればわかるでしょ?もうどっかいっちゃったんだってば。
- 担当
- えーと、何が?
- 先生
- 「か」を盗まれた。
- 担当
- はぁ?
- 男
- だから、「か」を盗まれたんじゃないの。「か」がないから、おかえりなさいって言葉が、お「」えりなさい、になっちゃうじゃない。お母さんが、お「」あさん、になっちゃうじゃない。困る、困るのよねぇ。
- 担当
- 先生。
- 先生
- 家族が、「」族になっちゃうのよ!?ゾクだよ、ゾク。児童絵本にあるまじき表現だね。
- 担当
- 先生、それは今書いてらっしゃる絵本の話しでしょ?
- 先生
- そうよ、「怪盗ももじと探偵アシアト」さすが怪盗ももじだよね。すぐにかっさらっていっちゃうんだもん。そりぁあ、アシアトも探しあぐねるわけだ。
- 担当
- 先生、先生。ちょっとコーヒーでも入れますよ。何か煮詰まってるんですか?
- 先生
- そうだよ。「か」を盗まれて煮詰まってるよ。
- 担当
- ああ、お話しの、ストーリーがね、煮詰まって、
- 先生
- せっかく昨日まで書いた原稿が、ほら見てよ。
- バサリと、担当の目のまえに置かれた紙の束、そこに
- 担当
- …先生?
- 先生
- ね?大変でしょ?
- 担当
- 「か」が、ないじゃないですか。
- 先生
- だからそう言ってるじゃない。
- 担当
- いやいや書いてくださいよ。書き足せばいいだけじゃないですか。先生が作者なんだし。
- 先生
- 何言ってんのアンタ。
- 担当
- は?
- 先生
- 一番はじめに怪盗ももじが盗んだ文字は「ら」だったんだよ。
- 担当
- ですね。シリーズ第一弾は「ら」が盗まれましたものね。
- 先生
- 「ら」は戻ってきてないのよまだ。「食べれる」が「食べられる」に戻ってないでしょ?
- 担当
- はぁ。
- 先生
- 解決されずに、次ぎは「か」を盗まれた。その次に盗まれる文字がよそう出来る?
- 担当
- いや、全く。
- 先生
- 「つ」だよ。その次は想像出来る?
- 担当
- いや、全く。
- 先生
- 想像しなさいよ。「か」「ら」「つ」ってきたら、次ぎは絶対「ぽ」に決まってるじゃない。
- 担当
- はぁ。で?
- 先生
- からっぽにしたいんだよね。怪盗ももじは。
- 担当
- からっぽ?
- 先生
- そ。私たちの世界の言葉からひとこと盗んで、私たちの世界の言葉をヒョウゲンするの。その一言が、
- 担当
- 「からっぽ」?
- 先生
- そう。からっぽにしたいのよ。私たちの世界の言葉をね。わお。出来た。
- 担当
- それなら探偵アシアトはどうするんですかね?
- 先生
- もちろん追いかけていくのよ怪盗ももじを。
- 担当
- それで?
- 先生
- 追いかけて、追いつくのよ。その行き先はももじが盗んだ、そう、「からっぽ」の世界に足を踏み入れる。わお。出来た。
- 担当
- それでそれで?
- 先生
- それから、探偵アシアトは…
- 担当
- それでそれで?
- それで、それで、と担当は繰り返し先生にギモンの呪文を言い続ける
それでそれで、それでそれで、その呪文だけが繰り返し聞こえるのだ
- 担当
- 僕の仕事は、まったく骨が折れる。だけど、僕の仕事には夢の続きがあるのだ。
- おしまい。