- ザザザザァ、と、波の音
ではない
ザザザザァと、波の音のように聞こえるのは
高速道路、走る車の音それが、まるで波のように聞こえるだけ
ううん、と寝起きの声をあげた女
- 女
- 波の音…?
- ザザザザァ、と、波の音
ではない
- 女
- あ…違うか…
- 男
- あ、起きた?
- 女
- うーん…起きたぁ…今どこらへん?
- 男
- さっき神戸に入ったとこ。
- 女
- 次のサービスエリア寄って。
- 男
- トイレ?
- 女
- お腹すいた。今何時くらい?
- 男
- 2時43分。
- 女
- 真夜中だ。
- 男
- 深夜だな。
- 女
- 空いてるのねぇ、真夜中の高速って。
- 男
- 空いてんなぁ。
- 女
- どこまで行くの?
- 男
- …
- 女
- ねぇ。
- 男
- どこまで行こっか。
- 女
- サイコロでも振る?
- 男
- そんな旅じゃないって。
- 女
- アテもツテもないくせに。
- 男
- それ分かっててついて来てるんだろ?
- 女
- 一緒に来てくれってあんたが泣くからよ。
- 男
- 平成のかけおちだな。
- 女
- お気楽。
- 男
- どうにかなるよ。
- 女
- 真っ暗。
- 男
- そんなことないって。
- 女
- 違う。外。真っ暗。
- 男
- ああ、そっちか。
- 女
- 夜の海みたい。
- 男
- くらげ。
- 女
- え?どこ?
- 男
- 工事現場の、ほらあのでっかい丸っこいやつ。
- 女
- ホントだ。くらげだ。やだなぁ。
- 男
- えなにが?
- 女
- 夜の海みたい。方向わかんない。
- 男
- 高速道路はまっすぐだろ。
- 女
- 違う。その方向じゃない。夜の海のドマンナカで、迷ってるみたい。
- ザザザと、今度は大雨
- 男
- あぁ、最悪だ。
- 女
- 迷ってるうえに、大雨だなんて見通し悪い。だいたい雲行きアヤシイと思ってたのよ。
- 男
- だからそんなこと分かっててついて来てんだろ?
- ゴロゴロゴロピカリと雷まで光って
- 女
- ひゃ!
- 男
- 光ったなぁ、今。
- 女
- ホントだ。
- 男
- あ、
- 女
- また、
- ゴロゴロゴロ
- 女
- 光った、すごいの。
- 男
- あ、
- 女
- また、
- ゴロゴロゴロ
- 男
- すごいな。
- 女
- 明るい、向こうのほうまで。
- 男
- すげぇ、戦争やってるみてぇ。
- 女
- 戦争ね。
- ゴロゴロと、雨のザザザ、車の音が波のように聞こえて
- 女
- 本当に戦争なんか起こったら、どうするんだろ。
- 男
- は?何言ってんの、お前。
- 女
- 未来を憂いてみただけ。真夜中。真っ暗。夜の海。雲行きアヤシイドマンナカ。アテも
ツテもない。泣きつかれたら、弱いのよねわたし…
- 男
- 暗くなんなって。音楽かける?
- 明るい音楽、雷と雨と車の音と混じって、ちっとも愉快に聞こえない
- 女
- うるさぁい。ねぇ、とりあえず飛ばして。
- 真っ暗闇の道
暗い海の底のような、行く先光りのない
アテのない、ツテのない道を、ひたすら走る
スピードあげて、ひたすら走る
- おしまい