- 子供
- 涙をください。
- 男
- え?
- 子供
- 涙を。
- 男
- えと・・・。
- 子供
- 見て。
- 子供は、小瓶を取り出し、男に見えるよう手を伸ばす。
しゃらしゃらと、美しい音がする。
- 子供
- 別れの涙はなずび色、うれし涙はさんご色、あくびの涙はこはく色。
後悔の涙はサビ色。
- 男
- この小さなガラス玉みたいなのがナミダ?
- 子供
- 色んな人にもらったの。でも見つからない。
- 男
- 何が?
- 子供
- 今夜も、夜の虹を渡れない。
- 男
- 夜の虹。
- 子供
- 虹を渡れば、帰れるの。
- 男
- どこへ。
- 子供
- 虹を渡った場所に。
- 男
- さっぱりわからない。
- 子供
- ダメですか・・・。
- 男
- いや、やってみてもいい。暇だし。
- 子供
- ほんとう?
- 男
- 泣けるのかな。僕はいつから泣いてないんだろ。
- 子供
- じゃあ、最初に流した涙の話をして。
- 男
- 最初に泣いたのは、いつだっけか。じいちゃんの家だったかな・・・。
柱時計が音を刻む以外は、なにも音がしない静かな夜。
隣の布団で父さん母さんは死んだように眠ってる。
壁にぐるりとかけられた、ご先祖さまの写真が僕を見下ろしてた。
その視線をはずすことがイケナイ事のようで、じっと息ひそめ、
写真と見つめ合ってた。気が付くと僕は宇宙のことを考えてた。
宇宙の一番端はどうなっているんだろう、みたいなことを。・・・
その時、突然、圧倒的にわかってしまったんだ、
今僕を見下ろすご先祖様の写真のように、自分が黒い額縁の中に貼り付けられてしまっても、わからないことは、わからないままなんだって事を。
命には限りがあって、僕は色んな謎にたどり着くことはできないんだって事をね。そして僕は、声をあげて泣いてた。泣かずにはおれなかった、
でもどうして泣いているのか、説明はできなかった・・・ねえ、君・・・、
- 子供
- え・・・。
- 男
- 君の目から、今、
- 子供の目から、涙がこぼれ落ちる。
- 子供
- 限りを知った涙、ソラ色。
- 男
- 君の涙。
- 子供
- ボクの涙。これが泣くってこと。
- 男
- ああ。
- 子供
- ありがとう。
- 男
- いや、なんにも。
- 子供
- いつまで、ここに居るの?
- 男
- いつまでもこうしてるワケにはいかないんだけどね。
- 子供
- 今夜、虹を渡るよ。見ていてくれる?
- 男
- もう、涙集めはいいの?
- 子供
- うん。
- 男
- そう。
- 子供
- さよなら。
- 男
- ・・・さようなら。
- 終わってまた始まる