- 深夜。
澤井くんと先生は電話で話をしている。
- 男
- 今年もしたよ。
- 女
- 花見の約束?
- 男
- うん。でも、やっぱり、誰ともいかなかった。
- 女
- そう。
- 男
- 五人くらいとした。今年こそ花見しようねって。忙しいけど時間つくろうねって。
- 女
- そうか。
- 男
- 絶対、今年こそ約束守れると思ってた。
- 女
- うん。
- 沈黙。
- 女
- 澤井くん。
- 男
- …。
- 女
- 澤井薫くん。
- 男
- 先生。
- 女
- 何?
- 男
- 約束した時、今年もまた無理かなーってちょっと思ってた。
- 女
- そう。
- 男
- どうしてもしちゃうんだよ。無理かなって思ってても。
- 女
- 今日ね。娘が来てくれた。下の娘。澤井くんと同い年。銀行に勤めててね。ハンカチに桜の花をはさんでもって来てくれた。校庭にあった桜の木からとってきたんだって。何度も私にそういうのよ。でもウソよね。学校がなくなる時桜の木は全部切ってしまったし。
- 男
- そういえば先生が気づいてくれると思ったんだよ。
- 女
- 娘がね、ずっと手をさすってくれるの。喋りかけながらずっと。そのうち手が痛くてね。でも「もういいよ」って言えないし。
- 男
- そう。
- 女
- 私と澤井くんがこうして電話でお話してるって知ったら、皆はなんていうかしら。
- 男
- 誰も信じないよ。
- 女
- そうね。
- 男
- それに誰も僕のこと憶えてない。
- 女
- そんなことないわよ。転校してきた子のことって意外とみんな憶えてるから。
- 男
- 「意外と」
- 女
- すねないの。子供じゃないんだから。
- 男
- 僕のこと憶えてるの先生だけだ。
- 女
- こうして電話かけてきてくれるの。澤井くんだけ。
- 男
- どうしてだろう。
- 女
- どうしてかな。
- 男
- この電話番号。
- 沈黙。
- 女
- 先生が死んだらお葬式に来てくれる?
- 男
- …。わからない。
- 女
- こなくていいわよ。
- 男
- え?
- 女
- 先生が死んでも、澤井くんとはこの電話でお話できるから。きっと。
- 男
- きっと。
- おわり