- 登場人物
- ハルオ:男
アスカ:女
- 小さく、波の音が聞こえている。
- 女
- ねえ、ハルオ。
- 男
- ん?
- 女
- 昨日、寝言で笑ってたよ。
- 男
- 笑ってた?・・・何が楽しかったんだろうなぁ。
- 女
- 笑いながら、それはエビじゃないよって、言ってた。
- 男
- エビ?食べ物の夢か。お腹が空いてたのかなぁ。
- 女
- 釣ってたんじゃないの?
- 男
- 釣る?そうか、釣りか、釣りの夢を見てたんだ。
- 女
- 楽しそうだったよ。
- 男
- 全然覚えてないなぁ。
- 女
- 夢の中でも楽しそうで、幸せだよね、ハルオは。
- 男
- いやぁ、でもなぁ、全然覚えてないから、なんか勿体ないなぁ。
- 女
- 何度も声出して笑うから、私もそのたび目が覚めちゃって。
- 男
- ごめんごめん、いや、眠っていたとはいえ、悪いことをしたなぁ。
- 女
- いいよ。だって、あんなに楽しそうに笑ってて。
- 男
- 覚えてないなぁ。いや、しかし待てよ?エビじゃないってことは、一体何を釣ったんだろう?
- 女
- ザリガニじゃないの?
- 男
- ああ、そうだ、きっとそうだ!
- 女
- 子供の頃の夢を見てたんじゃない?
- 男
- そうか!
- 女
- 隣に誰かいたんだよ。その誰かがザリガニを釣って、エビだエビだって喜んだんじゃないかな?
- 男
- ああ!そうだな、きっと。で、それを見て僕が、それはエビじゃないよ~って言いながら、おかしくなって笑ったんだな。
- 女
- そういうことがあったの?
- 男
- あったかも知れないなぁ。でも、覚えてないよ、昔のことだから。
- 女
- 昔のことでも、覚えてる事だって色々あるじゃない。
- 男
- そうだな。
- 女
- ザリガニを釣ったのは、私かも知れないし。
- 男
- そうなの?
- 女
- ふふふ。
- 男
- アスカがザリガニを?
- 女
- ふふふふ。
- 玄関のチャイムが鳴る。
- 女
- はーい。
- 女、玄関へ行くスリッパの音。
- 女
- お帰りなさーい(と、ドアを開ける)・・・あれ?
- 女、ドアを閉めて戻ってくる。
波の音は既に消えている。
- 女
- (軽くため息をついて)おかしいなぁ。今、チャイムが鳴った気がしたんだけど、空耳だったのかな。なんだかドアを開けたらそこに、ハルオが立ってるような気がして。でも、ドアの向こうには誰もいなくて、咲きかけの桜の木が見えてた。ハルオが亡くなってもう3年になるけど、今でも時々、彼はまだ生きてるんじゃないかって思う時がある。・・・海の音が聞こえてくるの。そうすると、記憶がね、ものすごくはっきりと蘇ってきて、そしたら、それはもうそこにあるような気がするの。ハルオも、今ここにいるような気がしてくる。
- 波の音が聞こえている。
- 女
- ねえ、ハルオ。
- 男
- うん。
- 女
- いるよね。
- 男
- ああ、いるよ。
- 波の音。
- おしまい