- チョークで黒板に文字を書く音
- 女
- はい、今日はコレを勉強したら終わります。教科書は、56ページ。はい、いい?“カナシミ”の生態について。じゃあ、一行目。川上くん読んで
- 男
- …
- 女
- 川上くん? どうしたの?
- 男
- いや、何でもありません
- 女
- 何してるの?
- 男
- いえ、何も
- 女
- はい、一行目読んで
- 男
- はい…“カナシミ”は、カワセミと似ているが、生態はまるで違います
- 女
- はい、ありがとう。そう、これは間違いやすいので、よく覚えておいてね
- 男
- イタアっ!!
- 女
- 何? どうしたの?
- 男
- …
- 女
- 大丈夫?
- 男
- 大丈夫です
- 女
- 川上くん、カワセミって、何だっけ
- 男
- カワセミは…鳥?
- 女
- そう、鳥ね。今から勉強するのは、“カナシミ”。じゃあ、“カナシミ”っていったい何だろね。教科書のポイントってところ見てみよう。まず、大切なこと…(チョークで「弱い」と書きながら)“カナシミ”は、弱い生き物です。(「人の数」と書きながら)そして、人の数ほどいます。はい。そして、コレが不思議なこと。人の数ほどいるのに、“カナシミ”自身は、自分一人しかいないと思っています。(「自分一人」と書きながら)ココ、大切よ。青鉛筆ね。黄色のチョークは青鉛筆。赤いチョークは赤鉛筆。いいかな? 川上くん? 何で立ってるの?
- 男
- …別に
- 女
- 後ろ、何かしてるの? 佐々木くん、コレ、テストに出るからちゃんと聞いときなさいよ。はい、じゃあ、みんな、教科書の写真を見てみよっか。その、“カナシミ”の写真を見て、何か感じることあるかな?
- 男
- (無言で手を挙げる)
- 女
- おっ、川上くん
- 男
- “カナシミ”は…
- 女
- うん
- 男
- “カナシミ”は…
- 女
- すごくキラキラしてるでしょ。こんなに綺麗って知ってた?
- 男
- “カナシミ”は、大人には見えないんですか
- 女
- え?
- 男
- 大人になったら“カナシミ”って見えなくなるんですか?
- 女
- そんなことはないよ? 先生だってみんなと同じだもん
- 生徒たちのペンやノートを仕舞う音
-
- コラ、勝手に仕舞わない。まだ終わるって言ってないでしょ
- 男
- ありがとうございました
- 女
- ん? いいのかな?
- 男
- はい。もういいです
- 女
- はい、じゃあ、この続きは明日やるねー
- 窓を開ける男
校庭の喧騒
- 女
- 川上くん? 何してるの? 危ないよ?
- 男
- 僕の背中に“カナシミ”が付いてたんで
- 女
- どうするつもり?
- 男
- 逃がします…
- 女
- それはダメっ。待ちなさい! 川上くんよく聞いて。“カナシミ”は、宝物なの。
生まれたときに、みんな平等に与えられる宝物。その宝物でみんな強くなって行くの。
だから、やめなさい
- 校庭の喧騒
- 男
- ごめんなさい
- 女
- 川上くんっ!
- “カナシミ”が音もなく空を舞う
- 終