- 女
- ウエクサさーん。お疲れさまでーす。
- 男
- お・・・おう。
- 女
- キツネうどん、お願いしまーす。
- 男
- イノウエさん、休みやろ。なにしてんねん。
- 女
- なにって、うどんを食べに来たんです。
- 男
- こないだも来たな。
- 女
- はい!
- 男
- ここでさんざん食ってんのに、休みの日ぃくらい違うもん食いたないか?
っちゅうか、うどん中毒?
- 女
- うどん中毒?
- 男
- 出汁の香りかいだら、思わず暖簾くぐってまうっちゅうか、それはエエねん、
そんな話やなくて、
- 女
- うどん屋で働いてたらうどん食べちゃダメですか?
- 男
- アカンことないよ。どこでなに食おうと自由や。便所で柿食おうと井上さんの自由や。
- 女
- 私、トイレで柿なんか食べてないです。
- 男
- シャレやシャレ。
- 女
- 私、ウエクサさんの、それ、好きなんですよね。
- 男
- え?
- 女
- シャッとお湯切るとこ。
- 男
- 別に、普通やって。(うどんを釜からあげ、ザルを振ってお湯を切る)
- 女
- 手首の切り替えしがいいの。ボクサーって感じ。
- 男
- 見んといて。
- 女
- テレちゃって可愛い。
- 男
- 鬱陶しいな。
- 女
- 鬱陶しい・・・。
- 男
- せや鬱陶しいわ。
- 女
- 私・・・グレムリンに似てるとか言われるし、胸ないし、彼氏いない暦七年だし、そんな女が、未来のチャンプの回りうろちょろするのやっぱ鬱陶しいですよね。メソメソ。
- 男
- 勝手に泣いてろボケ。
- 女
- ひっどーい。
- 男
- ちょう、自分な、店、見渡してみ。
- 女
- いっぱいです。
- 男
- 昼時の忙しさ自分かて知ってるやろ。
- 女
- はい。
- 男
- んでシャラシャラ涼しい顔してここに居るっちゅうのは、あんま頂けん行動とちゃうか。そういう無神経さに怒ってんねや。
- 女
- そうですね。私自分のことしか考えてないイケナイ子でした。
- 男
- わかってくれたらそんでエエねん。
- 女
- でもそれくらい、ウエクサさんが好きってことなの。恋は盲目って感じ?
- 男
- あ゛っぢぃ。・・・俺のこぶしが・・・。
- 女
- 大丈夫ですか?
- 男
- イノウエ、はよいね。
- 女
- はい?
- 男
- 俺、ブチ切れんうちに帰れ。
- 女
- ええと、まだうどんが、
- 男
- ここはうどん屋や、うどん食う人と食わせる人、ここも真剣勝負の場なんや。お前に食わせるうどんは無い。恋愛したいんやったら、動物園に行け。
- 女
- 動物園って恋愛したら行く場所で、動物園じゃ恋はできません。
- 男
- 俺は今、ボクサーになったことめっちゃ後悔してる。
- 女
- どうして。
- 男
- お前のこと殴られへんからな。
- 女
- なんでなんで。
- 男
- なんでもへったくれもあるかい、帰りさらせ、どアホ!
- 女
- シィー(静かに)。お客さん皆こっち見てますよ。
- 男
- あ、すんません。なんでもありません。
- 女
- ただの痴話げんかでーす。もう、しようがない人。ふふふ。
- 男
- すまん。・・・俺はこの時、とてつもない敗北感を覚えた。俺の論理、俺の美学、俺の生き様、このグレムリンには何も通用しない。
- 女
- 何一人でぶつぶつ言ってんですか、ほらほら、てきぱき動いてくださーい。
- 男
- そして、このままズルズルと、ズルズルと負けていきそうな予感がした・・・。
- 終わってまた始まる