- 兄
- 耳がかゆい、と弟が言うので
僕は中をのぞいてみました。
暗い小さな穴に目をこらすと
中はしんしんと雪が降っていて
小さな雪だるまが見えます。
目と鼻がついていて、あとは口をつけると完成です。
細い、湿った小枝を小さく折って
雪だるまの顔に口をつけました。
ふくれっ面をした時の弟の顔そっくりになったので
僕は思わず声をたてて笑いました。
- 弟
- 兄さん、どうかした?
- 兄
- 耳の中の様子を話してやると
今度は弟が僕の耳をのぞくと言いました。
何が見える?
- 弟
- 兄さんの部屋だ。
お父さんとお母さんもいる。
兄さん、なんだかしかられているみたい。
机の上に煙草の箱が置いてあって。
腕組みをしたお父さんが何か言ってる。
おこってるの?
- 兄
- ああ、そうだった。
あの日僕は、一番上等のまっさらな煙草を買って
引き出しの中に隠していました。
ふとしたことでそれがみつかってしまって
父さんも母さんも驚いた様子でした。
うまい言葉がなかなかでてこなくて
いつまでも黙っている僕に
今すぐこれを捨てて来い、
と父さんが言いました。
僕は
そして
そのまま
なんにも言えずに
まっさらな煙草を捨てに行ったんだっけ。
- 弟
- 大丈夫だよ。
ちゃんと、ちがうよって言ってきたよ。
- 兄
- え?
- 弟
- あの煙草は、お父さんへのプレゼントだったんだよって。
見つからないように大切にしまってたんだよって。
そしたら二人とも
兄さんにわるいことしたって言ってた。
すまなかったって。
次に会ったら、おもいっきり抱きしめて離さないって
そう伝えてって。
- 兄
- そう言って
弟は小さな手で
僕の髪をなでました。
- 兄
- 僕らは今からシャワーを浴びるそうです。
もうかれこれ2時間待っています。
長い行列でくたびれましたが
荷物も、服も、靴も、ぼうしもあずけていて
手ぶらなので、少しましです。
さっぱりしてきれいになったら
先に出発した家族にも会えるらしいです。
弟は疲れて眠っています。
すぐ外にある大きな煙突からは
灰色の煙がもうもうと上がっていて
同じ色をした曇り空に広がっていきます。
眠っている弟の
ちいさな耳の穴を
もう一度のぞいてみましたが
やわらかい産毛のむこうには
もう何も見えませんでした。
- おわり