- ヨスミ
- あぉおおおおおおおおお…がぉおおおおおおお…ぁあああああ…
- 店長、奥の厨房に声かけた
- 店長ヨスミちゃん、から揚げ弁当ふたつに、幕の内…
- ヨスミ
- あぁおおおおおおおおおおおおおおお…
- 店長
- ちょっと!やめてよその泣き声。
- ヨスミ
- だってぇ、てんちぉぉおおおおおお…
- 店長
- から揚げ弁当ふたつに、幕の内ひとつだってば。さっさとから揚げカラっと揚げて。
- ヨスミ
- 揚げるのね、また揚げるのねアタシ。
- 店長
- 当たり前よ、弁当屋なんだから。泣いてる暇あったらさっさと揚げて。
- ヨスミ
- だってぇ、てんちょぉおお。見てください。
- 店長
- 何?
- ヨスミ
- その厨房の窓から、ほら。
- 小さな窓から、差し込む夕暮れ
- 店長
- ああ、もう夕暮れね。ここからまたかきいれ時なんだから。最近多いね、弁当で済ます主婦って。
- ヨスミ
- 夕暮れが、なんでこんなに泣けるのかしら。
- 店長
- またあの病気?
- 店長
- お薬とか持ってないの?
- ヨスミ
- あるわけないじゃない。病院なんかで診断されてないわよぉー。
- 店長
- だって病気なんでしょ?
- ヨスミ
- アタシが勝手に名付けたのぉー。
- 店長
- じゃ、ひやきおーがんくらい持ってないの?
- ヨスミ
- それは赤ん坊のくすりぃー。
- 店長
- うっとおしいわね。毎日毎日夕暮れ時になったら泣くなんて。
- ヨスミ
- あきれた口調はやめてぇー。
- 店長
- あんたが頼むからわざわざ遅番と早番のパート変更したのに。仕事の手を止めない!そんなに泣くんだったら、やっぱり早番のパートに戻すわよ。
- ヨスミ
- いや、それだけは。早番の朝は早いもの。それが余計にアタシを悲しくさせるから。しらじらと暗い明け方に、どうせアタシは毎日弁当詰めてます。油と湯気と熱気の中汗だくすっぴんで、どうせ知らない誰かの口の中へほおりこまれる弁当詰めてます。6時30分からお店が開くから。始発で電車に乗るの。車内ガラスキ。人もまばら。だけど髪も化粧も洋服もバッチリ決めて出勤するの。ええ、どうせ店についたら何もかもとっぱらうけど、いいじゃない。仕事柄ただのおしゃれ心だけじゃないのよ、これ生きていく知恵。通勤中のアタシは誰が見ても弁当詰めてるなんて分からないわ。まるで床に落ちた卵焼き、ふっと息で吹いただけで弁当に詰め込んだのと同じ。ラベルの賞味期限のほうがみんな重要なんだから。遅番の人と交代して午後4時の電車に乗るアタシの鞄に、あまったお弁当夕食用。さっぷうけいな部屋でさっぷうけいな夕食、さっぷうけいな窓から、ああ、嫌だ、毎日毎日夕暮れ黄昏。1人で食べる夕食なんて、それだけは勘弁してぇええ。
- 店長
- 長いし、うるさい。さっさとから揚げ揚げて。
- ヨスミ
- てんちょ…
- 店長
- 一段落ついたら、
- ヨスミ
- あい。
- 店長
- 一緒に夕食食べてあげるから。
- ヨスミ
- てんちょ…
- 店長
- 何よ?
- ヨスミ
- 夕暮れ見て、泣かない?泣けてこない?
- 店長
- そんな暇ないの。生きていくのに精一杯だから。いらっしゃいませー。
- 店長は、お店の表へと出て行く
- ヨスミ
- そう、そうね、みんな、そうなのよね。
- ヨスミは涙をぬぐって、から揚げを揚げる