- 晩秋の夜空
幾千の星が広がる
- 男
- 「世の中には、まるで自分のことを歌っているかのような歌がある。僕にとってのソレは、ビートたけしの『嘲笑』っていう歌だ。僕は小学校の頃、毎日のように口ずさんでいた。マキちゃんとの帰り道…」
- 秋の虫の音
砂利道を歩く二人の足音
- 男
- ♪星を見るのが好きだ 夜空を見て考えるのが何より楽しい
- 女
- サトくん、またその歌?
- 男
- なあ、知ってる? しし座流星群って
- 女
- もう…星の話ばっか。
- 男
- 33年に一度やって来るらしいんだ。流れ星が。遠い空から
- 女
- ねえ、危ないよ。まっすぐ歩かないと
- 男
- 今週の日曜日。深夜3時頃。特に今年は凄いらしいよ
- 女
- (立ち止まって)ねえ、アレは?
- 男
- (立ち止まって)ん、どれどれ?
- 女
- アレ
- 男
- どれ?
- 女
- 星じゃなくて
- 男
- え?
- 女
- 日曜日
- 男
- 日曜日? マキちゃんも一緒に見る? あ、星、嫌いなんだっけ
- 女
- …キライ!
- 男
- 雨のように降るんだって。星が。雨のようにって凄くない?
- 女
- 栗は?
- 男
- 栗?
- 女
- 栗拾いに行くんでしょ!
- 男
- あ、そっか。その日だ
- 女
- 朝、起きれるの?
- 男
- 起きれるよ
- 女
- この前のハイキングだって
- 男
- もう大丈夫だって
- 女
- この前も大丈夫って言ってた
- 男
- 大丈夫だよ
- 女
- 星もいいけど…約束も忘れないでよね
- 男
- 忘れてない
- 再び歩き出す二人
砂利道を歩く二人の足音
- 女
- 栗拾い、また今度にする?
- 男
- 何で?
- 女
- 星見るんでしょ?
- 男
- 見るけど
- 女
- 次の日気にしないでゆっくり見た方が、ね
- 男
- …うん。じゃあ
- 女
- うん
- 男
- うん
- 女
- …しし座、ナントカ…そんなに凄いの?
- 男
- 今年は特にいっぱい流れるんだ。日本で見れるのは、ひょっとすると生きている間に一度くらいだって。もし見逃したら、一生見れないなんて…何か、凄くない?
- 女
- …私も、生きている間に一度だよ
- 男
- え?
- 女
- 今度の日曜日も、生きている間に一度だよ
- 足音が止まる
男の頭の中から、辺りの音が消えて行く
- 男
- 「僕は、小学生ながらショックを受けた。決して悲しいわけではなく、不思議な感覚で。次の日から、マキちゃんや、クラスのみんながキラキラして見えた。いつも空ばかり見てフラフラ歩いていた僕は、その日からまっすぐ歩くようになった。それでも、ビートたけしの『嘲笑』は僕の大好きな歌だ」
- 秋の虫の音
砂利道を歩く二人の足音
- 男
- ♪僕らが昔見た星と 僕らが今見る星と 何にも変わりがない それが嬉しい
- 女
- あなた、またその歌?
- 晩秋の夜空
幾千の星が広がる
- 終