- 高架下、ガタンガタンと頭上を電車が走りぬける
- 女子
- おっちゃんの七色唐辛子はめっちゃ泣けた。ごぉりごぉり。混ぜながら、おっちゃんの
話しは泣けた。『傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。しゃあない。人には七つの大罪があるって、聖書にも載ってるやろ。おっちゃんクリスチャンちゃうで。七福神って目出度い七もあるし、曜日はななつ。頑張って頑張って、やっと日曜日はお休み。虹も七色、七の中には大抵のモンが入ってる。こそばゆいこと言うたろか。平等、自由、正義、友情、慈悲、人権、愛。人の美徳も七つ。なぁ、喜んでる顔、怒ってる顔、楽しい顔、苦しい顔、子どもの顔、女の子の顔、あともうひとつや。あともうひとつの顔が、あんたには足りんねんなぁ。なぁ?』そう言われて。ひとさじで、唐辛子の匂いが鼻に
ぬけて、目頭押えつけて、あたし泣き方知らんから。でも、高架下のテキヤのおっちゃんの七色唐辛子は、めっちゃ泣けた。
- 高架下、やる気のなさそうなテキヤの声、小声で、恥ずかしそ!
ゴォリゴォリ、と、薬味を混ぜ合わす
- 息子
- いらっしゃい、よう見てってやー。うちの七色唐辛子。ケシ、ミカン、胡麻山椒、麻の
実、しそ、のり、なたねに生姜、そんな生易しい七味ちゃいまっせ。うちは人生七色ブ
レンドやってまっから。ブレンド次第で人生にほんの少しのスパイスを。ゆるい人生や
ったら目が飛び出るようなスパイス、ほんのり甘みを残して軽いシゲキ的なスパイスブ
レンドも可能。退屈な日常を微妙に変えたい方も、さぁ見てってや。見てってやー。
- 女子
- はい、違う。何そのエセ大阪弁は。
- 息子
- …
- 女子
- やりなおし。
- 息子
- 営業、妨害だよ…
- 女子
- なっっっんでっつっつ?無料レクチャーやん。
- 息子
- 頼んでないのに、毎日、毎日、毎日、毎日…
- 女子
- そんなナヨナヨ言うてたらお客さんこーへんで。自分、大阪出身やろ?はい、やり直し。
- 息子
- 10年以上も離れてたから、体から抜けっちゃったよ。
- ゴォリゴォリ、ブレンド最中の七色唐辛子をペロリとなめて
- 女子
- ダー!あかん、あかんやん。もっとピリリと。ピリリと、ピリ…
- 息子
- あのさ、毎日来なくていいから。
- 女子
- 味、チェックしなあかんもん。
- 息子
- いや、頼んでないから。
- 女子
- んー、イマイチや、このピリリ。
- 息子
- 明日にはもう看板降ろしてるかね。
- 女子
- 許さん。
- 息子
- って、君に言われても、ねぇ。
- 女子
- あたし、おっちゃんの店の常連客やってんで。
- 息子
- 申し訳ないけどね、僕はオヤジじゃないから。納骨は来月だけど。
- 女子
- 見たわかる。
- 息子
- 本当は継ぐ気もないしね。
- 女子
- だから許さんって。
- 息子
- そうやって毎日うるさいから、開けざるを得ないんだよ。
- 女子
- あかん。全然スパイス効いてないやん。
- 息子
- レシピ通りだよ。
- 女子
- 気合やな、気合が足らん。
- 息子
- あのさ、
- 女子
- あ?
- 息子
- こっちで来月から仕事決まったし、
- 女子
- あぁ?
- 息子
- もう閉めるから。ホントに。
- 女子
- だから許さんって。
- 息子
- って、君に言われても。困るよ。僕の人生テキヤは有得ない。
- 女子
- だって、そんなん、あたしの七色唐辛子…
- 息子
- あー、捨てるのもナンだから、作っておいた。
- とさり、と、大量の七色唐辛子が袋の中
- 息子
- 常連さんに、まぁ、御礼っていうの?だって好きなんでしょう?七色唐辛子。
- 息子はきっと店じまい
女子だけ取り残される
- 女子
- 好きって、そういう、わけ、ちゃう…ただ、おっちゃんの七色唐辛子は、めっちゃ、泣
けたから。
- 女子は、大量の七色唐辛子を口にほおばる
ほおばりすぎて、初めは何言ってるか分からないくらい、ほおばる
- 女子
- なぁ、喜んでる顔、怒ってる顔、楽しい顔、苦しい顔、子どもの顔、女の子の顔、あともうひとつや。あともうひとつの顔が、あんたには足りんねんなぁ。なぁ?おっちゃんのは、めっちゃ泣けた。ひとさじで、唐辛子の匂いが鼻にぬけて、目頭押えつけて、
- ほおばる
- 女子
- あかんやん。全然、泣けへん。全然涙でーへん。あかんやん、あたし泣き方知らんのに。
- 高架下、ガタンガタンと頭上を電車が走りぬける
町にはひとつ顔が足りない人たちばかりで溢れかえる
- おしまい