- 男は、湯船につかると、心地よい吐息を漏らす。
- 男
- あ゛~・・・はぁぁぁ・・・。
- 湯船から、ざんぶりとお湯がこぼれる。
外に面した窓から声がかかる。
- 女
- 湯加減はいかが?
- 男
- ちょっとぬるいかな。
- 女
- じゃあ、もうちょっと薪くべるね。
- 男
- あれ、ばあちゃん?じゃないよな。
- 女
- 違うよ~。
- 男
- へ、誰?
- 女
- さて、誰でしょー。
- 男
- さとみ叔母さん?
- 女
- はずれ。
- 男
- ええー。
- 女
- 忘れちゃったの、ツトムちゃん。
- 男
- ひょっとして、向かいん家(ち)のナッちゃん?
- 女
- あったりぃ!・・・ちぃっす。
- 男
- のぞくなっ。
- 女
- なによー、昔は一緒に入ったじゃない。
- 男
- それは、ガキんちょの頃でしょ。
- 女
- ツトム君、大学行ってんだって?
- 男
- 行ってるよ。
- 女
- もう学校始まってんじゃないの?
- 男
- 夏休みずっとバイト漬けでさ、盆も帰らなかったから、
じいちゃんの墓に参っとけって母さんがさ。
- 女
- 春先に亡くなったんだってね。
- 男
- そう、でも百近くまで生きたんだから、大往生だよ。
- 女
- もっかい会いたかったなぁ・・・。
- 男
- ナッちゃんこそ、なんで?
- 女
- おじいちゃんのこと聞いたからさ、お線香上げさせてもらいに来たの。
- 男
- 就職して、一人暮らししてるって聞いてたけど。
- 女
- まあね・・・。
- 男
- 辞めたの?
- 女
- ううん、ちょっと遅めの夏期休暇。でも辞めようかどうしようか、考え中。
- 男
- マジで?都会で生きるの疲れちゃったぁ、とか?
- 女
- まさか。ラクチンだよ、一日中涼しいとこに居られて、
パソコンカチャカチャやってるだけでお金もらえるんだもん。
- 男
- いいじゃない。
- 女
- 私じゃなくってもいいんだなぁ、って思っちゃってさ。
- 男
- ふーん・・・。
- 女
- わかんないか。
- 男
- 俺はバイトしかしたことないから、俺じゃなくってもゼンゼン大丈夫な仕事ばっかだよ、
それでも頼りにされたら嬉しいけどな。
- 女
- そうなんだよ、そうなんだけど・・・。
- 男
- けど?
- 女
- 蛇口をさ、ひねったらお湯が出るじゃない、でも私は薪くべて、お風呂焚くほうが好きなんだよね。なんかお湯も違う気がするんだ。そういう感じ?そういう生き方っての?できないかなって思ってさ。
- 男
- そりゃ、俺もこの五右衛門風呂が、一番あったまるし、疲れも抜ける気がするよ、
でも・・・ちょっとアツくね?
- 女
- 青臭いこと言ってんのはわかってるよ。
- 男
- じゃなくて、釜茹でになりそうなんだけど・・・。
- 女
- あ・・・くべすぎちゃったね。
- 男
- ゥアッチィ!(立ち上がる)
- 女
- ははは、ごめんねー。
- 男
- バカこらのぞくなって!
- 女
- 後でウチおいでよ、ビールでも飲も!
- 男
- お、おう・・・。
- 終わってまた始まる