地蔵
えーん、えーん、えーん、えーん、
少女
泣いてる?
地蔵
えーん、えーん、
少女
赤い布が胸んところ。何て書いてあるんやろ?
地蔵
えーん、えーん。
少女
キ。オ。ク。ジ。ゾ。ウー。じぞう?
地蔵
えーん、えーん。
少女
お地蔵さん?あの石っころ、お地蔵さん?なぁ、何で泣いてんの?
地蔵
なくしてしまいました。なくしてしまいましたよう。大事なもんでしたのに。
忘れてしまいますわぁ。お祭りの夜。店いっぱい。ヨーヨーの音。
太鼓の音、タンタカタン。さぁ、祝いましょうの声。なくしてしまいました。
せっかく、耳に残ってましたのに。
少女
耳?
地蔵
大事な大事な、耳、なくしてしまいましたわぁーん、あーん。
少女
あの!あたし、耳、拾ってーん。
地蔵
耳!?
少女
きっちりそろってます。今その右耳の穴から見てる。これ、
地蔵
それ、
少女
これ、
地蔵
どれ、
少女
これ、
地蔵
れれ!手伸ばしてもらえます?
少女
えぇ?耳持ちながら手伸ばして耳の中?! 無理やん!
地蔵
そこを、なんとか。
少女
ならんやろ。
地蔵
えーん、えーん。
少女
もうええやん。耳にこだわりなや。
地蔵
耳で聞いた音なもんですから。
少女
目でええやん。見てたんやろ?お祭りの盆踊りも、太鼓叩く人とかも。
地蔵
見てください見てください。
少女
何を?
地蔵
この顔。
少女
あ。
地蔵
つむってますやろ。いつだって。つむってます。だから耳。
少女
お地蔵さんって、目細いんや。
地蔵
笑ってますから、つむってるんですいつだって。
少女
耳、ないとあかんの?
地蔵
だって、忘れてしまいますやんか。
少女
誰が?
地蔵
…誰がって、
少女
お地蔵さんが忘れるの?
地蔵
うぅん?いや、ワタシだけのためやないのですよ。
少女
じゃ、誰かのために憶えておいてあげてるの?
地蔵
うん?難しい問題ですねぇ。憶えているのはワタシ。誰のためにと聞かれれば、うん。
ワタシのためではなさそうで、ふぅん…
少女
耳がいるの?聞いた音がいるの?どっち?
地蔵
ふぅん、どっちでしょう。耳はワタシの耳ですが、そこで聞いた音は、
ワタシのものでもあり、そこで生きた全ての人たちのものでもあり、ふぅん。
少女
お地蔵さん溜息ついた。覗いている耳の穴、その耳の持ち主は耳の穴の中。
アタシ今ええこと思いついた。
地蔵
なんですか?
少女
あんな、ゴニョゴニョゴニョ。
地蔵
ふんふん、
少女
ゴニョゴニョゴニョ。
地蔵
それはそれは。素晴らしいです。
少女
内緒の取引きは耳の交換。だから覗いた右耳の穴からアタシの耳をギュウっと入れて、キオク地蔵にアタシの耳あげた。かわりにアタシはキオク地蔵の耳つけて。耳の奥で音がする。アタシの知らん太鼓の音。タンタカタン、タンタカタン、アタシはその風景も知らん。その音も知らん。けど。あ、ほら聞こえてきた。めっちゃ昔にキオク地蔵が聞いた音や。太鼓、それからその声、誰かがおっきい声張り上げた。さぁ、祝いましょう。
耳の奥から、祭の音が聞こえるはずだ
おしまい