- 息子
- 何してんの。
- 母
- え。
- 息子
- それ石鹸だろ。
- 母
- そう。
- 息子
- 母さん今、口に、
- 母
- 香りを嗅いだだけよ。
- 息子
- いやいや、見てたんだって。
- 母
- なんか用があったんじゃないの?
- 息子
- あ、ここの住所、ピザ頼もうと思ったけど、わかんないから。
- 母
- あ、そうか。えと・・・何だっけ・・・。
- 息子
- 大丈夫かよ。
- 母
- 私、変?
- 息子
- 風呂場で石鹸食ってる人が居たら、心配するっしょ。
- 母
- 食べてない。舐めただけ。
- 息子
- それもヤバイッて。
- 母
- ・・・「いい石鹸は甘いんだよ」って。
- 息子
- 母さんの母さんが言ってたの?
- 母
- 「いい」って、体にいいって事かしら。それとも値段の高い石鹸って事かしら。
- 息子
- さあ。
- 母
- きっと高い石鹸って事ね。母さんの事だから。
- 息子
- 石鹸て何でできてんだっけ。味見なんかしていいの?
- 母
- ペロッと一舐めするくらいどうって事ないわよ。
- 息子
- どんな味だった?
- 母
- わかんない。・・・やあねえ、住所は思い出せないのに、
こんな変なことを、思い出すなんて。
- 息子
- ごめんな。
- 母
- どうして謝るのよ。
- 息子
- いや、俺、お祖母ちゃんつっても会った事なかったし、正直、顔見知りの他人より遠い感じ。でも俺、母さんや父さんが死ぬなんて今は考えられない、考えたくもない。悲しくて生きていけないかも、って事はさ、絶縁してたけど、自分の生みの親が死ぬって、結構辛いんじゃないか、とか想像したりもするんだけど。でもやっぱり、リアルには程遠くて・・・。わかってあげられなくてごめん。
- 母
- うちの母さんも、息子を産んでおけばよかったのに。
- 息子
- どういう意味。
- 母
- 息子ってのは、何だかんだエラソーな事言ったり、突っ張ったりもするけど、
結局、母親に優しいのよ。
- 息子
- そうかな。どーだろ。
- 母
- 浴槽にほら、こんな手すりが取り付けてあったり。そこの洗面所にね、拡大鏡が置いてあったり。そんなの見ちゃうと、母さんも年取ったんだなって、当たり前だけど驚いちゃう。青白くて般若のような顔して扉を閉めた、あの時まんまで私の中の母さんは止まってたから。
- 息子
- 会わないまんまだったこと後悔してるの?
- 母
- 弱った母さんをこの上なく甘やかして、私になつかせて、「あん時はすまなかったねえ」、とか言わせてみてもよかったかな。へへへ。
- 息子
- おお、コワッ。
- 母
- ほんっとバカね。つまらない意地を張って・・・。
- 間
- 息子
- 石鹸貸して。
- 母
- え。
- 息子
- 貸して。
- 母
- なに。
- 息子
- お祖母ちゃんの味を知ろう。(舐める)
- 母
- あ・・・。どう?
- 息子
- ん・・・あまじょっぱい。でも嫌な味じゃない。
- 母
- うん。
- 終わってまた始まる