- リロンリロンリロン、天井からつるされた赤ちゃんをあやすおもちゃが回る
- 夫
- どこまで膨らむんだろ。
- 妻
- どこまで膨らむのかしらね。
- 夫
- いつ出てくるんだろう。
- 妻
- いつ出てくるのかしらね。
- 夫
- 予定日は?
- 妻
- 2月28日。ただし去年のね。
- 夫
- まる二年じゃないか。
- 妻
- まる二年ね。
- 夫
- おかしくない?
- 妻
- おかしいわよ。象だって今頃産んでるわよ。
- 夫
- 象なのかな?
- 妻
- あなた象なの?
- 夫
- 今まで知らなかったけど実はそうなのかな?
- 妻
- あたし象なの?
- 夫
- 今まで知らなかったけど実はそうなの?
- 妻
- あたしの鼻は長くないし、母さんだって長くないの。
何なのそのバカバカしい問いかけは。
- 夫
- 気がまぎれるかと思って。軽い冗談。
- 妻
- 気はまぎれないし面白くもない。
- 夫
- はい、リラーックス。プリプリしない、はい、リラーックス。
- 妻
- どうせお医者にも見離されたわ。
- 夫
- はい、リラーックス。
- 妻
- 手に負えないって。
- 夫
- はいリラーックス。
- 妻
- 5回も病院変わったのに。
- 夫
- はい、リラーックス。
- 妻
- 想像妊娠ですね、なんて言う始末。
- 夫
- はい、リラークッス。
- 妻
- なわけないじゃないって、でもお医者はみんな言うの。
- 夫
- はい、
- 妻
- 「だって何も映りませんよ。おなかの中、ただ真っ黒なだけですから」
- リロンリロンリロン
- 夫
- でも、こんなに孕んでるのにね。
- 妻
- どんどん孕んでいるのにね。あ。
- 夫
- え。
- 妻
- 動いてる。
- 夫
- 動いてるの?
- 妻
- 触ってみてよ。
- 夫、妻のおなかを触るのも一苦労
よっこいせと両手を大きく広げていなければいけないほど妻のおなかは膨らんでいる
- 夫
- あ・・・?
- 妻
- 何?
- 夫
- 音がする。
- 妻
- 何の音?
- じっとじっと、息をひそめてその音を聞いてみる、じっとじっと、じっと、じっと、やがて
- 夫
- ・・・人の足音・・・道路を横切る車、クラクション、パッパー、自転車のベル、ざわめき、目玉焼きの焼ける音、玄関のチャイム、階段を下りる音、ロッカーを閉める音、始まりのチャイム、噂話、内緒のコソコソ、エレベーターは下へ上へ、誰かのいびき寝息寝返りの音、携帯の着信音、誰かが笑ってる。テレビのニュース、ケンカ、喧嘩、蛇口をひねる・・・町だ・・・町の音が聞こえる・・・
- 妻
- ああ。そうなの。何だ、そうだったの。
- 夫
- え?
- 妻
- あたし、未来を孕んでいるのね。そりゃ長くなるわ。
- ケロリとした妻
僕には理解不可能な出来事である
- おわり