- 女
- 兄ちゃん、帰る家あらへんのかいな。
- 男
- え・・・そんなんじゃないです。
- 女
- じゃあ、こんなトコで、何してはりますのん。
- 男
- えと・・・花見、です。
- 女
- 桜、まだ咲いてへんやろ。
- 男
- 梅の花見です。
- 女
- 梅。
- 男
- 知ってますか?昔のお花見ってのは、梅のことだったらしいですよ。
- 女
- そうなんでっか。
- 男
- 夜の方が、強く香るって聞いたんで、お花見でもしてみようかなって。
- 女
- ああ、確かに。・・・エエ香りや。
- 男
- はい。
- 女
- なんや、歌い出しとうなるな。
- 男
- え。
- 女
- けど、その歌が思い出せんのや。
- 男
- 梅が?
- 女
- 梅もそんな寂しげな顔してるな。
- 男
- そこがいいのかな、余白があって。
- 女
- 風流なこと言わはる。
- 男
- 風流って言うか、主流に乗れないって言うか、変わり者って言うか、そんなんなんです。
- 女
- まあ、おばちゃんと平気でしゃべってんねんから、確かに変わり者やな。
- 男
- いや、そんな、その・・・。
- 女
- アカンでぇ、まだ若者やねんから。今やったら戻れる。
- 男
- 戻るもなにも、
- 女
- だいたいわかんねん。纏ってる空気みたいなんでな。
- 男
- ・・・。
- 女
- 二、三日くらい、ココで花眺めてんのやったらかめへん。許したる。
- 男
- 許す?
- 女
- おばちゃんがこの公園、管理してんねや。
- 男
- え、そうなんですか。
- 女
- せやで。どんな人間が出入りしてんのか、何匹猫が住んでんのかも知ってる。
ゴミも片付けるし、便所かて毎日掃除してんねん。
- 男
- 主(ぬし)ってわけですか。
- 女
- だから、あんたが今朝の七時くらいからこの公園の中ウロウロしてんのも知ってんねん。
- 男
- ・・・そうでしたか。
- 女
- ま、あんたは大丈夫や。
- 男
- なんで、どうして大丈夫なんて言えるんですか?俺のことなんか何も知らないくせに。
- 女
- 知らんよ、知らんけど、ここおったらな、行き場のない、せっぱ詰まった奴の目は死ぬほど見るねん。死んでる目、凶暴な目、あちゃらにイッテる目ぇ、狡賢そうな目。
あんたはそんなヤな目してへん。
- 男
- ・・・。
- 女
- ・・・兄ちゃん、なんか歌ってみ。
- 男
- え、急にそんなこと言われても。
- 女
- なんでもかめへんから。
- 男
- でも、歌、知らないし。
- 女
- なんでもかめへんって言うてるやんか。学校で習ったのんでもエエし、
お母さんが歌ってくれた唄でもエエ。
- 男
- ・・・だけど、
- 女
- さんはい。(と勝手に手拍子を打ち始める)
- 男
- え・・・そんな。ええと・・・(男、ぼそぼそと「春風」を歌う)
- 「春風」
- 吹けそよそよ吹け、春風よ、
吹け春風吹け、柳の糸に、
吹けそよそよ吹け、我等の凧(たこ)に、
吹けよ吹け、春風よ、
やよ、春風吹け、そよそよ吹けよ。
- やよ、吹くなよ風、この庭に、
風吹くなよ、風、垣根の梅に、
やよ、吹くなよ風、この庭に、
風吹くなよ、風、我等の羽根に、
吹くな、風、この庭に、
やよ、吹くなよ風、吹くなよ、風よ。
- 女
- 歌えるんやから、きっと大丈夫や、あんたは、戻れる。
- 女は去っていく。
残された男は、閉ざしていた何かがフツフツと湧き出てしまい、
歌う事をやめられない。
- 終わってまた始まる