- 歓声。
マラソンの、中継。
- 男
- 世界国際マラソン、スタートしてから1時間20分。
現在、トップは依然として、ペナン共和国のマジャであります。
- 女
- マジャ選手すごいですねー。
- 男
- このままいけば、マジャ、悲願の初優勝。
そればかりか、世界記録も、夢ではありません。
- 女
- 大変いいペースですよ。がんばってほしいですねー。
- 男
- ええ。あーっとしかしこれは?
- 女
- あー、ちょっと中継車、近いですねえ。
- 男
- マジャのすぐ前を走っているテレビ中継車が、排気ガスをもうもうと出しておりまして。
マジャ選手、もろにそのガスを浴びながら、走っております。
- 女
- マジャ苦しそうですねえ。
- 男
- これは辛い。のちのちこれが、ペースダウンにつながらなければいいが。
- 女
- やっぱり、アウエーの洗礼ですかねー。
- 男
- ペナン共和国のマジャ選手、慣れない排気ガスを浴びながらも、懸命に走っております。
中継車は、気づいてないようだ。苦しそうなマジャ選手。
- 女
- あー、顔がゆがんでますねえ。
- 男
- 中継車、どうか早く気づいてほしい。
- 女
- 近いし、あと、量が多いですからねえ。
- 男
- 黒い煙をもうもうと吐き出す中継車。それを浴びるように走る、マジャ選手。
- 女
- 直接、体に響きますよねえー。
- 2人
- ああ!
- 男
- これはいけない。
- 女
- いま、ものすごい出ましたよねえ。
- 男
- 大量の黒い煙。マジャ選手の姿が、一瞬見えなくなりました。
- 女
- これ、注意した方がいいんじゃないですか?
- 男
- あー、マジャ選手、涙ぐんでおります。優勝がかかっている。しかし、煙で前が見えない。
- 女
- レースに明らかに影響出てますからねえ。
- 男
- あらゆるコンディションと戦うスポーツ、それがマラソンでありますが、
それにしても、これはひどい。
- 女
- こんなにアップにしなくていいのに。
- 男
- アップの顔を放送しようとするあまり、その選手自身に、被害が及んでるという皮肉。
近代スポーツの暗黒面でありましょうか。
- 2人
- あー。
- 女
- またですよこれ。
- 男
- マジャ選手、またも大量の排気ガスにつつまれました。
- 女
- あーあーあー。
- 男
- もうずっと浴び続けております。風もちょうど、中継車から、マジャ選手に向かって、
一直線に吹いております。
- 女
- これねえ、マジャ選手、彼の故郷は、ペナン共和国なんですけどね。
- 男
- ええ。
- 女
- ものすごい、空気が綺麗な国らしいんですよ。だからマジャにとってこれは、
致命傷だと思うんですよね。
- 男
- なるほど。
- 女
- 未体験でしょう、こんなの。
- 男
- まるで悪魔の色のような煙。マジャ選手にどこまでも、執拗に付きまとう。
- 2人
- あっ!
- 女
- マジャが、スパートしましたよ!
- 男
- マジャがここで思い切ったスパート!中継車もそれに合わせて、スピードを上げていく。
- 女
- ああ、ああ……。
- 男
- 煙がもうもうと立ち昇る!マジャ選手がそれを振り切ろうとする!
しかしエンジンには勝てない。
金メダルは取れるのか。現在一位は、ペナン共和国のマジャ選手。
- END。