- 高層マンションのフロアー。
ランドセルを背負った少女が、エレベータを降りてくる。
少女は、扉を開けて出てくる隣に住む男と、ふと目が合う。
- 男
- あ、おかえり。
- 少女
- こんにちは。
- 男
- ・・・僕も、経験あるよ。
- 少女
- え・・・?
- 男
- えと、僕は君んちの隣の、
- 少女
- シゲムラキヨシ、さん。
- 男
- あ、知ってた。
- 少女
- ママが言ってた。お隣に越してきた人、ゆーめーな指揮者だって。
- 男
- そんな有名でもないんだけど。ははは。
- 少女
- あの、
- 男
- 君、荷物をたくさん持たされてたろ?周りに居た子、クラスの子達?
- 少女
- ソラ。
- 男
- ・・・♪シー、ド?
- 少女
- 違う。私、ソラ。オオノソラ、名前。
- 男
- ああ、ソラちゃんか。いい名前だね。
- 少女
- 別に。
- 男
- さっきね、ベランダでボーッとしてたら、見えちゃったんだ。
- 少女
- 違うよ、
- 男
- あれは、君じゃなかったのか。
- 少女
- キミじゃなくって、ソラ。キミってちょっとキモイよ。
- 男
- キモイか。
- 少女
- ・・・イジメられてたんじゃないから。
- 男
- あ、ああ。
- 少女
- ジャンケンで負けただけ。
- 男
- そうかそうか。・・・俺が荷物持たされてた時は、ジャンケンに勝っても、後だししただの、何だかんだ言われて、結局俺が負けるまでジャンケン、そしてみんなの荷物抱えてノロノロ。押され、こづかれヨロヨロ。
- 少女
- うっそだぁ。
- 男
- 嘘じゃないさ。
- 少女
- だって有名人でしょ。
- 男
- 今は有名人かもしれないけど、子供の頃は、普通の子供だったし。
- 少女
- なんでイジメられてたの?
- 男
- ・・・そうだなぁ、僕は小さい頃からピアノを習っててね。僕の母親が、ピアニストにしたかったんだ。だから、体育の授業もつき指するかもしれないってんで、ほとんど見学。・・・今にして思うと、それが原因だったのかな。キヨシだけ楽してズルイ、あいつに荷物持たせてやれってね。
- 少女
- ずっと?
- 男
- ま、色んな形で、卒業するまでイジメは続いたかな。
- 少女
- でも、私は違うから、ジャンケンで負けただけだから。
- 男
- じゃあ、勝った時は、持たせてるんだ。
- 少女
- ・・・そう、だよ。
- 男
- ソラちゃん、痛みには二種類あるって知ってる?
- 少女
- なにそれ。
- 男
- 我慢できる痛みと、我慢のできない痛みの二っつ。
- 少女
- 知らない。
- 男
- 我慢できる痛みってさ、成長してる時なんだ。痛いけどほんの少し気持ちいい。でも我慢できない、ただただ痛い時は、
- 少女
- 時は?
- 男
- 痛いよって、自分だけで我慢しないで、誰かに言わないと、心が壊れちゃう。
- 男
- いきなり、よくわかんない話してごめんな。
- 少女
- なんとなくわかるよ。けど、
- 男
- けど?
- 少女
- ソラは、ジャンケン、わざと負けてやってんだ。バイバイ。
- 男
- ・・・バイバイ。
- 終わってまた始まる