男、歩いている。
ふと、歩みを止める。
- 男
- ・・・・・・すいません。
- 女
- !・・・・・・はい?
- 男
- あなた、さっきから、僕のこと、つけてきてますよねえ?
- 女
- (ごまかして)いいえ?
- 男
- (小声で)ちょっと、あんまりね、公衆の面前で、こういうこと言うのもなんなんですけど、・・・・・・あなた、スパイですよねえ。
- 女
- (慌てて)はあ!?ちょっと、違う、何言って、はあ!?
- 男
- いやいや、めちゃめちゃ動揺してるじゃないですか。あなたスパイじゃないですか。
- 女
- はあ、違いますよ。あなたがスパイなんでしょう!?
- 男
- (慌てて)バカ、違う、はあ?何いってんのお前、はあ?
- 女
- あなたこそ動揺してるじゃないですか。スパイだからでしょう。
- 男
- ちっがうよ、バカ、お前がスパイだろう。
- 女
- あなたがスパイでしょう。
- 男
- いやいや、俺スパイじゃないけど。
- 女
- 私もスパイじゃないですけど、あなたがスパイって言ってきたってことは。
- 男
- え、なになに、スパイって言ったらスパイになるわけ?
- 女
- スパイじゃないとスパイなんて発想にならないでしょう。
- 男
- うわ、その論理がなんか、スパイっぽいもん。論理的な感じが。
- 女
- あなたこそ、スパイじゃないと、そんな鋭い反論できませーん。
- 男
- (周りを気にして)ちょっとちょっと。あんまりおっきい声でやめようよ。
- 女
- ほらほら、そうやって気にすること自体、スパイだからじゃないですか。
- 男
- いやだから、俺はスパイじゃないけど。
- 女
- 私もスパイじゃないですよ。
- 男
- だから、スパイであるとかどうとかじゃなくて、モラルだから。これは。
- 女
- スパイにモラルとかないでしょー。
- 男
- いやだから、俺スパイじゃないから。
お前、スパイだから、モラルないかもしれないけど、俺モラルあるから。
- 女
- モラルあるイコールスパイじゃない、とはならないでしょう。
- 男
- じゃあさ、いいよ。じゃあさ、スパイじゃないのに、何でつけて来たわけ?
- 女
- そのさあ、つけられてる、って気にしてる時点で、もう、スパイですよって、言ってるようなもんじゃないですか?
- 男
- いやいや、俺が、俺がスパイだとしたら、お前もスパイだよ?
- 女
- はあ?
- 男
- なぜなら、スパイである俺をつけてきたから。
- 女
- (おおげさに)認めた!
- 男
- いやいや。
- 女
- この人、自分をスパイだって認めた!
- 男
- (慌てて)ちっがうよ、だから、今のは仮定の話で。スパイではないけど。俺が、スパイだったとしたら、自動的にお前もスパイだよ、っていう。
- 女
- その、つけるイコールスパイって発想、おかしくないですか。
- 男
- だからイコールスパイとまでは言ってないけど、
- 女
- 言ってるじゃないですか。スパイの俺をつけたイコール、お前もスパイだなんて、そんなの、スパイならではの論理でしょう。
- 男
- ちょっと、やめよう。さすがにスパイスパイ言いすぎてるから。
- 女
- はあ?やめないっすよ。
- 男
- みんな見てるから。俺たちのこと、スパイだって目で見てるから。
- 女
- 私スパイじゃないですもん。
- 男
- 俺もスパイじゃないけど、(気づいて)君泣いてるよねえ!?
- 女
- 泣いてないですよ。スパイじゃないですもん。
- 男
- (あわてて)泣くなって。泣いたらスパイみたいになっちゃうから。
- 女
- 泣いてないです!
- 男
- 泣いてるから。明らかに。スパイはね、いつ、いかなるときでも冷徹で、まあ、スパイじゃないよ?スパイであるなしに関わらず、冷徹で、機密を守るべく、そう、あるべきだから。泣くってことは、スパイの規範に反することで・・・・・・
- どんどん、ざわめきが大きくなっていく。
- END