- 真っ暗な部屋に、懐中電灯が一つ灯っている。
それを挟んで座る男と女。なぜか小声で物語りは始まる。
- 男
- 医者の卵なんだって。
- 女
- お隣の男の子?
- 男
- 見た?
- 女
- 見たわよ。自分でそう言ってたの?
- 男
- いや、部屋を見に来た時、不動産屋が言ってた。
- 女
- 世も末だわねえ。
- 男
- なんで?
- 女
- 見ちゃったのよ。
- 男
- なにを。
- 女
- ポストに入ってるでしょ、広告とかチラシの類。
- 男
- ああ、ピザのとかマンションのとか。
- 女
- あの子ね、ポイって、その場に捨ててったの。
- 男
- なってないなぁ。持って帰って自分のゴミ箱に捨てろっつうの。
- 女
- でしょ。かかりたくないわ、そんなお医者さんには。
- 男
- だな。病を見て、人を見ずみたいな医者になりそうだな。
- 女
- 拾って、持って帰ってきたんだから、私。
- 男
- お前は、偉い!
- 女
- ありがと・・・だってね、泥棒って、そういうトコを見てるのよ。
- 男
- ってどういうトコ?
- 女
- ゴミ出しのルールが守れてるか、とか。共同スペースの電球が切れたら、いつ付け替えにやってくるか、とか。
- 男
- そんなのチェックしてどうすんの?
- 女
- だから、他人に無関心な人たちが住んでるマンションかどうかを測ってるって事よ。隣で、変な物音がしようが、見知らぬ人が出入りしようが、無関心な人ばかりなら、
- 男
- 泥棒は入りやすい。
- 女
- そういうこと。
- 男
- ・・・(クスッと笑う)。
- 女
- なに。
- 男
- いや。
- 女
- なにが可笑しかったのよ。
- 男
- 眩しいって。懐中電灯こっちに向けるな。
- 女
- 吐けー・・・何ニヤついてたんだー。
- 男
- もしも、今この部屋に泥棒が入ってきたら、きっと驚くと思ってさ。
- 女
- 泥棒じゃなくても、ビックリしたわよ。真っ暗な部屋ん中で、だいの大人がインスタントラーメンすすってるんだもの。
- 男
- はは(苦笑)・・・。
- 女
- どうするつもりだったの?
- 男
- 明日、銀行に行くつもりだったんだって。
- 女
- モラルのない医者の卵に、生活力のない中年オヤジ。どっちもどっちね。
- 男
- 生活力はあるさ、電気止められたって生きてんだもん。
- 女
- そういうのは、生命力って言うの。・・・やっぱりあなたが単身赴任だなんて無理だったのよ。
- 男
- そういう細々としたことは、全部お前任せだったからな。でも大丈夫さ、引き落としにしてもらえば、もうこんなことは起こらないんだし。
- 女
- ・・・淋しい。
- 男
- 俺もさ。
- 女
- ・・なーんて言ってられないわね。
- 男
- だな。コーヒーでも飲むか。
- 女
- 私、淹れるわ。
- 男
- 足元、気をつけろよ。
- 女
- ええ。
- 女、懐中電灯を頼りにキッチンへ。
- 男
- なくなって、初めてわかる妻と電気のありがたみー、なーんつって。
- 女
- ねぇ、
- 男
- ん?
- 女
- まさか、水道代も払ってなかった?
- 男
- え。
- 女
- 水が出ないんだけど。
- 男
- あ・・・。