- 働いているのはベルトコンベア
- 工員
- 抜きました。魚の骨も、獣の骨も、中には、人間の骨も混じっていても不思議はないかもしれません。それほどに肉にまみれて。魂がドカンと目の前のベルトコンベアを流れてきます。その先は知りません。小さなトンネルの中にするすると伸びていくベルトコンベアに乗ったことがないのですから。だからあれは世界の穴に通じているんだと思っていました。世界中の人々はアタシと同じように骨を抜いて暮らしているのだろうと。そんなアタシを無知だと笑う男がいます。だけど私は幸せです。
- きゅるきゅるきゅる、きゅる、きゅ、る
ベルトコンベアは休まることなく
- 工員
- そんなアタシを無知だと笑う男がいます。
- きゅるきゅるきゅるきゅる
- 工員
- アタシに一言言いに来た男。
- きゅるきゅるきゅるベルトコンベアはとまらない
そのベルトコンベアを逆そうしてくる男
- 男
- おーい、これ止めろよ。ストップストップ。
- 工員
- 勝手に止められません。
- 男
- なんで!?
- 工員
- 休憩の時間にならないと止まりません。
- 男
- ちょっとでいいから、あ~・・・
- ベルトコンベアに負けて、男はまたイチから出直さなきゃならない
- 工員
- 仕事中ですから。
- 男
- うっ!だから、はっ!オレも、うっ!仕事なんだって。
- 工員
- 骨抜き以外の仕事なんてあるんですか?
- 男
- あんた、ホントに、うっ!無知だな。
- 工員
- 無知!?
- 男
- 骨を抜いてる本人が骨抜きになりゃ世話ねぇなぁ。
- 工員
- アタシが?
- ガクン、と、ベルトコンベアが止まった
- 男
- おおっと。休憩か。たすかりー。
- 工員
- 見ず知らずの人に無知だなんて言われるスジアイありませんけど。
- 男
- だってそうなんだもん。アンタもしかして世界中の人間は自分と同じように生きてるって思ってんじゃない?
- 工員
- 誰だってそう思うでしょ?
- 男
- ばーか。
- 工員
- は?
- 男
- ばーかばーか。
- 工員
- 何なんですか、あなた。
- 男
- ちょっと、小耳を拝借。
- 工員
- やだ、何する・・・
- 男は工員の耳に唇当てて
- 工員
- 男はアタシの耳に唇押し当てて、
- 何か、小声で耳打ちしたけれど言葉は工員以外には雑音に聞こえるだけ
- 工員
- 世界の広さをアタシに言った。
- 男
- ちゃんと聞いた?
- 工員
- ・・・
- 男
- ご家族からの伝言。伝達終了。返信する?
- 工員
- ・・・そうね。
- 男
- 前払いだけど。
- 工員
- アタシは幸せよ。無知でも、骨を抜かれていても、毎日単調でも、世界なんて知らなくったて、アタシは幸せ。だからここにいるの。アタシは今のままで幸せ。
それだけ。
- 男
- ふぅん。
- 工員
- 何?
- 男
- いいんじゃない?人それぞれだし。どうも、前払いありがとうございます。おっと。
- きゅるきゅる、休憩は終わってもまた仕事が始まる
- 男
- 帰りは楽でいいね。
- 工員
- 男はベルトコンベアに乗って、世界へ通じる穴へとほおり出された。
- きゅるきゅるきゅる
- 工員
- 今日もアタシは骨を抜く。抜かれている骨が、魚じゃなく、鳥じゃなくて、アタシの骨だったとしても。世界なんて知らなくても、アタシは幸せ。
- きゅるきゅるきゅる
生きているだけで骨抜きになっているアタシ
- おしまい