タエちゃんは、“鉄板焼き森本”の看板娘や。お店に立つんはタエちゃん。奥の厨房にはもしゃもしゃ頭のおっちゃんがおって、料理を運ぶんは、口の大きなおばちゃん。看板娘って言うたけど、おっちゃんとおばちゃんが夫婦なんか、タエちゃんがその子供なんかはわからん。タエちゃんは、太ったカナリアに似てる。いっつもメリケン粉と、ソースのついた黄色いエプロンをつけて、頭の色も、ジャージも黄色い。
「毎度ぉ。」
タエちゃんは、初めて来たお客さんにもこう言う。いらっしゃいより親近感が増すんや、てタエちゃんは教えてくれた。
「今日はなんにする?」
「明石焼きちょうだい。」
「はいよ。」
鉄板焼き森本って、店の名前やのに、僕は鉄板焼きってようわからん。他のお客さんが食べてはるんも見た事ない。僕は、豚モダン、ミックス焼き、日替わり定食のどれかを食べる。つまり今日。明石焼きを注文したんは珍しいちゅうこと。
「シゲやん、今日は食欲ないんか」
「ううん」
タエちゃんは、いつもと違う僕を心配してくれる。
「アッツイわぁ、ほんま、たまらんなぁ」
首から下げたタオルで汗を拭き拭き、二分に一回くらいは言う言葉。でも、お客さんの座るほうは、クーラーガンガンで、めっちゃさぶい。だから僕は曖昧にうなずくしかない。
「今日、お母さんは」
「残業」
「偉いなぁ、シゲやんは」
これも毎回くりかえされる会話。“残業”って答える時、なるたけそっけなく、淋しいってニュアンスを出さん方が、“偉いなぁ”の言い方が上等になる。目の前で、僕の明石焼きの中にタコを入れてくタエちゃん。僕は勇気を出して、あるものを差し出した。ちなみに、今日、明石焼きにしたんは、この瞬間を狙ってのこと。
「なに?」
「やる。紙粘土で作ってん」
「くれんのん?」
「俺、タエちゃん好きや、結婚して欲しい、くらい好きや」
「ひゃー、嬉しい。ありがとう!これ・・・ヒヨコの指輪?」
「えと、・・・うん」
「じゃあ、お返しに、タコ一個多めに入れとくわな」
子どもだましや、て思た。けど、タコが二個入った明石焼きは、やっぱり嬉しかった。・・・大人の味がした。最後まで、ヒヨコは、ホンマは太ったカナリアやって事は言えんかった。夏休み最後の日の思い出。