- そこは、何千年も生きてきた巨木を見るために作られた展望台。
巨木の存在感に圧倒されたのか、
それともここに来るのに体力を使い果たしたのか、
初老の男が力を失って座っている。
そこへ女が近付いてくる。
- 女
- こん、にちわ。
- 男
- こん、ばんわ、ですかね。
- 女
- 日はまだ沈みきってないみたいですよ。
- 男
- しかし夜のほうが優勢かな。
- 女
- この時刻の挨拶は、迷いますね。
- 男
- お一人でいらしたんですか?
- 女
- ええ、まあ。
- 男
- 今時は、女性のほうが元気だな。
- 女
- ご夫婦でいらしたんですか?
- 男
- え?
- 女
- さっき一緒にいた方は、
- 男
- いや、まだ、そのぉ、再婚も考えてはいるんですが。
- 女
- あ、そうでしたか。
- 男
- 歳も歳なんで、互いに一歩踏み込むのがためらわれてね。
- 女
- 長年連れ添ったご夫婦に見えましたもので。
- 男
- それは嬉しいな。しかし、すっかり役立たずぶりを露呈してしまった。今もね、この先の山小屋で寝床の確保をしてくるって置いて行かれてしまいました。もっと自分が歩けると思ってたんですが。情けない限りで・・・。
- 女
- 眠る前によーくストレッチしておくと、明日は随分楽ですよ。
- 男
- はい・・・あなたは、今夜どうされるんですか?
- 女
- 私は、ここで、この木を眺めながら一晩過ごそうかなと思って。
- 男
- そりゃすごいな。
- 女
- そうですか?
- 男
- 私は、この、何千年も生きてきた木を正面から見つめるのが恐い。こういうのを「畏怖」とでもいうのかな。
- 女
- 私も初めて見た時はそうでした。たかが、木一本見る為に、何時間も歩いてバカみたいだって思いながら、ガイドさんに連れられて、ふてくされながらここに来たんです。でも、この木を見た瞬間、ひれ伏して、全てに謝りたいような気持ちになりました。
- 男
- それから何度もいらしてるんですか?
- 女
- それがね、その時に案内してくれたガイドさんと結婚して、
- 男
- ご縁があったんですねぇ。
- 女
- ええ。・・・でも主人、先にあの世に逝ってしまいました。ガイドなのに、置いてけぼりにするなんて、困っちゃいますよね。
- 男
- ・・・。
- 女
- あら、やだ。そんな辛そうになさらないでください。
- 男
- いや、そんな事とはつゆ知らず・・・。
- 女
- そりゃそうですよ、私たち初対面なんですから。
- 男
- ええ、そうなんですが・・・。
- 女
- この木を、初めて見た時は、崇高で偉大な神様みたいだなって思たんですけど、
- 男
- ええ。
- 女
- 少しの条件が違えば、この木は存在しなかったんですよね。日が当たりすぎても、当たらなすぎても、たくさんの雨が苗木を押し流してしまったりもしなかった、動物に食べられてしまうこともなく、人間に伐採されてしまうこともなかった。そう思うと、この木も何かしらに、身をゆだねて生きてきたように思えるんです。
- 男
- ゆだねる。
- 女
- んーと、他人任せって意味じゃなくて。
- 男
- 起こった事どもすべてを受け入れながら生きてきた。
- 女
- そうとも言うのかな。・・・あ、あそこで、呼んでますよ。
- 男
- (彼女に)ああ、今行く。・・・あなたに聞いた話、彼女に話してもいいですか?
- 女
- え・・・ええ。
- 男
- 会えてよかった。
- 女
- こちらこそ・・・お気をつけて。
- 男
- あなたもね。
- 終わってまた始まる