- スポーツ用品店のアウトドアコーナーにて。
- 娘
- お父さん。ほら、これなんかどう?
- 父
- ああ・・・。
- 娘<
- ちょっと履いてみて。
- 父
- やっぱりいいよ。
- 娘
- え、どうして。
- 父
- 運動靴ならあるし。
- 娘
- 普通の運動靴じゃ危ないって。
- 父
- でもなぁ・・・。
- 娘
- なに。
- 父
- 結構な値段するんだな。こんな高い靴、履いたことないよ。
- 娘
- そりゃ、山に登る為の靴だもの。
- 父
- しかしな・・・。
- 娘
- なに。
- 父
- こんな立派な靴買ってもな・・・。
- 娘
- あのね、素人だからこそ、ちゃんとした靴を選ばなくちゃ。
- 父
- 素人って、六甲山なら何度も登ったことあるぞ。普通の運動靴でだ。
- 娘
- その女の人と登るのは、六甲山じゃないんでしょう?
- 父
- トシ子さんとだけじゃない、会社の連中も行く。
- 娘
- 残念ね、二人で行きたかったのにねぇー。
- 父
- バ、バカっ。
- 娘
- ふふふ、怒らない怒らない。・・・あのね、登山靴は、足首もガードしてくれて、捻挫しにくいし、多少足をぶつけても大丈夫なように頑丈にできてるの。
- 父
- カズミ、えらく詳しいな。
- 娘
- うーん、いまお付き合いしてる人が詳しいの。
- 父
- え・・・聞いてないぞ、そんな話。
- 娘
- 言ってないもの。
- 父
- なんだ開き直るのか。
- 娘
- 今度、ちゃんと紹介するって。ね。
- 父
- 今度っていつだ、そんないい加減な事じゃいかんだろう。
- 娘
- どうしてよ、父さんだって、彼女が居るとか、何も教えてくれないじゃない。
- 父
- 親は親、子供は子供だ。立場が違う。
- 娘
- じゃあ、ちゃんとした靴買おうよ。
- 父
- おい、話を元に戻すな。
- 娘
- 戻すの。ほら、ここに座って、履いてる靴を脱いで。
- 父
- だから、靴はもう、いいよ。
- 娘
- 靴、買ってさ、今度、四人で山登りしよう。お父さんの彼女と、私の彼氏と。
- 父
- 彼女じゃない。そんなもん、トシ子さんに失礼だ。
- 娘
- あ・・・ひょっとして、トシ子さんって人に、自分だけが山に誘われたと思ってたのに、後から、みんなで行くって後で分ったとか?
- 父
- い、いや。
- 娘
- 図星か。だから「運動靴で行く」だなんて、消極的になっちゃったんだ。
- 父
- ・・・お前、イヤじゃないか。
- 娘
- 何がよ。
- 父
- もしも再婚するなら、お前に新しい母親ができるわけだし。
- 娘
- 全然。
- 父
- ぜんぜん。
- 娘
- むしろ、その方が安心して家を出られるよ。
- 父
- 家を出るって、いつ?
- 娘
- 今すぐってわけじゃないけど、いずれは私だって、ね・・・。
- 父
- 貸せ。
- 娘
- え。
- 父
- その靴。
- 娘
- はい。
- 靴を脱いで、登山靴を履いてみる父。
- 娘
- 痛かったり、窮屈じゃない?
- 父
- ん。
- 娘
- じゃあさ、もう片方も履いて、ちょっと歩いてみるの。
- 父
- ん。
- 娘
- どう?
- 父
- ・・・一生で、一番高い靴を買ってみるか。
- 終わってまた始まる