アタシの髪は細い。細くて多い。だから色んなものがからんでくる。昆虫や枯葉なんてのは毎日。すずめと猫が同時にからんだ時なんぞは、頭が騒がしいことこの上なかった。そしてこの間は、家に帰ると、男がからんでいた。
「女房に締め出されてねぇ・・・。」
猫背の中年男。ションボリとした様子に居たたまれなくなり夕飯をすすめてみた。
「ごはんだけで充分です。はい。」
男は、私が食卓に並べたきゅうりの漬物やら、カレイの煮付けには一切手をつけず、ごはんだけを三杯もたいらげた。
「鍵を間違えたわけじゃありません。鍵が変わってたんですねぇ。」
「奥さんが変えたのかな。」
「どうしてそんな事したんでしょうかねぇ。夫婦仲は良い方だと思ってたんですがねぇ。ひょっとして息子の誕生日にゴルフに出かけたから腹がたったんでしょうかねぇ。」
男の名はマメダマサオ。マメダさんは一旦、家に戻ってみたが、やはり中には入れない。仕方なく塀を乗り越え庭に侵入し、家の中を覗いてみたところ、中はカラッポだったそうだ。
「妻は、息子は、どこに行ってしまったんでしょうねぇ。弱りましたねぇ・・・。」
以来、マメダさんは我が家に住み着かれてしまった。夜明け前に出かけ、夜遅く戻ってくる。そしてごはんを三杯たいらげ部屋の隅でじっとしている。
「みんなどこに行ってしまったんでしょうねぇ・・・。私が悪かったんでしょうかねぇ・・・」

一晩中続く、シトシト雨のようなぼやき。私は毎夜ナメクジの夢にうなされた
「すみませんねぇ・・・。どうしてこんな事になったんでしょうねぇ・・・。」
「ね、マメダさん。新しく住む家をみつけて、一から出なおしてみれば?」
「そうですねぇ・・・。」
マメダさんは同意はするものの、一向に住まいを探す様子もなく、ごはんを毎夜三杯たいらげるわりには日に日に細く白くなっていった。
「はぁ・・・。」

このため息を最後に、マメダさんは、コピー紙のように薄く白い存在になった。急にむくむくと理不尽さがこみあげ、ペランとしたマメダさんを折りたたんで、飛行機にして、窓から飛ばしてみた。しかし、飛ぶというより、ポタ、と落下した。しかしまあいい、これで今夜からぐっすり眠れる。
男2
「本日開店です。よろしくお願いします。」
と、パチンコ“デルデル”のチラシを渡そうと私に近付き、からまってしまった男がいた。ふと顔を見るとマメダさんに野性味を加えた感じ。
「マメダさん?」
男2
「はい?」
その男はマメダさんの息子だった。からまった髪をほどきながら聞いたところ、お父さんのマメダマサオさんは、ゴルフの帰り道、車が事故に遭い亡くなったそうだ。私はその足で、窓下に落ちたマメダ飛行機を探しに走り、マメダさんの息子に渡した。

男2
「なんですか?」
何って・・・これがマメダさんだと言っても信じないだろうな。
男2
「一緒に、晩飯、食いたかった」
マメダ飛行機を開くと、そんな言葉が書かれていた。
男2
「親父の字です」
「そう」
男2
「ありがとうございます」
しまった、柄にもなくイイコトしてしまった。
男 2 は、一礼して去っていく。その横にはボワワンとマメダさんの姿もあった。
少し微笑んで、手を振った。
アタシの髪は細くて多い。だから色んなものがからんでくる。だけど私は髪を束ねない。・・・さて、今夜は何がからんでいるかしら。
おわり