- カッコ内は男の独白です。
- 男
- 「もうつきあってひと月になるんだから、今日こそ、今日こそ、彼女を名前で呼ぶんだ。呼ぶぞ。呼ぶぞ。いつまでもワタナベさんじゃなくて、そこから一歩、踏み出して、がんばろう! 俺!」
- 女
- ごめんなさい。遅くなりました?
- 男
- あ、いや、別に。
- 女
- どうしたんですか? なんだか汗びっしょり。
- 男
- あいや、走ってきたんです。
- 女
- ああ、よかった。私、なんだか遅刻してきちゃったかなって。
- 男
- 「言うぞ。言うぞ。」
- 男
- あの!
- 女
- はい。
- 男
- あの、ですねワタナベさん。
- 女
- はい。
- 男
- 「そうだ! まずは、俺のことを、名前で呼んでもらって、それから彼女を名前で呼ぶんだ。そうだそうだ。それが順序ってもんじゃないか。お? なんだなんだ、冴えてるぞ俺。」
- 女
- え? なんですか?
- 男
- これから、ボクのこと、名前で呼んでもらえませんか?
- 女
- 名前?
- 男
- そう。名前で。
- 女
- え? じゃあ、違うんですか?
- 男
- え? なにが?
- 女
- ショウジさん。
- 男
- はい。
- 女
- これって、苗字なんですか?
- 男
- え?
- 女
- 私、いつも、ショウジさんって、呼んでました。ごめんなさい。てっきり、名前だと。
- 男
- 「しまったー! 俺、ショウジじゃねえか! なに言ってんだ俺!」
- 男
- あ! いや、だから、なんつうか、えっと、そう! もっと、なんか、ニックネームみたいな、そう、そういうので呼んでほしいなあ、なんて。はは。そう。ニックネーム。
- 女
- ああ。ニックネーム、ですか。えへ。なんだか、照れますね。そういうの。
- 男
- 「やべえやべえ。どうしたんだ俺。なんだか舞い上がってるぞ。こういうときこそ、落ち着いて、今日の星占いは、山羊座は上り調子。ラッキーカラーは黄色。靴下黄色にしてきたし。血液型占いは☆4つでまあまあ。よしよし。おちついてきたぞ。」
- 男
- でね、ワタナベさん。
- 女
- はい。
- 男
- ボクも、これからは、あなたのことを、名前でよぼうかって、思うんです。いいですか?
- 女
- はい。
- 男
- 「やったー! いいぞいいぞ! さあ、これで、二人の歴史の新しい第一歩だ!」
- 男
- じゃあ、あの、マユコさん。
- 女
- …ショウジさん。あの…。
- 男
- え? なんですか? マユコさん。
- 女
- 私、マユミです。
- 男
- え?
- 終わり