カッコ内は男の独白です。
 「もうつきあってひと月になるんだから、今日こそ、今日こそ、彼女を名前で呼ぶんだ。呼ぶぞ。呼ぶぞ。いつまでもワタナベさんじゃなくて、そこから一歩、踏み出して、がんばろう! 俺!」
ごめんなさい。遅くなりました?
あ、いや、別に。
どうしたんですか? なんだか汗びっしょり。
あいや、走ってきたんです。
ああ、よかった。私、なんだか遅刻してきちゃったかなって。
「言うぞ。言うぞ。」
あの!
はい。
あの、ですねワタナベさん。
はい。
「そうだ! まずは、俺のことを、名前で呼んでもらって、それから彼女を名前で呼ぶんだ。そうだそうだ。それが順序ってもんじゃないか。お? なんだなんだ、冴えてるぞ俺。」
え? なんですか?
これから、ボクのこと、名前で呼んでもらえませんか?
名前?
そう。名前で。
え? じゃあ、違うんですか?
え? なにが?
ショウジさん。
はい。
これって、苗字なんですか?
え?
私、いつも、ショウジさんって、呼んでました。ごめんなさい。てっきり、名前だと。
「しまったー! 俺、ショウジじゃねえか! なに言ってんだ俺!」
あ! いや、だから、なんつうか、えっと、そう! もっと、なんか、ニックネームみたいな、そう、そういうので呼んでほしいなあ、なんて。はは。そう。ニックネーム。
ああ。ニックネーム、ですか。えへ。なんだか、照れますね。そういうの。
「やべえやべえ。どうしたんだ俺。なんだか舞い上がってるぞ。こういうときこそ、落ち着いて、今日の星占いは、山羊座は上り調子。ラッキーカラーは黄色。靴下黄色にしてきたし。血液型占いは☆4つでまあまあ。よしよし。おちついてきたぞ。」
でね、ワタナベさん。
はい。
ボクも、これからは、あなたのことを、名前でよぼうかって、思うんです。いいですか?
はい。
「やったー! いいぞいいぞ! さあ、これで、二人の歴史の新しい第一歩だ!」
じゃあ、あの、マユコさん。
…ショウジさん。あの…。
え? なんですか? マユコさん。
私、マユミです。
え?
終わり